Epi22 お嬢さまのラブソファ選び

 日曜日の朝食は実にゆったりしている。平日は登校に時間が掛かることもあり、のんびり優雅に飯を食ってる時間はないのだが。


「葉月。頼まれてた家具だけどな、今日の十時に来てくれるそうだ」

「それって今日すぐに置いてってくれるの?」

「気に入ったのがあればな」


 お嬢付きの俺はお嬢の後方に位置し、直立不動の姿勢を保つ。腕にはナプキンを下げているが、使うことはまずないんだよ。いくらお嬢が変態とは言え、そこはお嬢様教育を受けているのか、まず食事を零したり、口周りが汚れることはない。

 食べ方自体は極めて上品だ。


「葉月ちゃん。向後さんの初日はどうだったの?」

「不可」

「あら、なんで?」

「セックスしてくれなかった」


 奥様の問いに対する返答で、俺に視線が集まるんだよ。旦那様も大旦那様も奥様も大奥様からも。で、一様に苦笑いしてる感じだけどな。旦那衆はまあうんうんと頷いてる。奥方衆はため息吐いてるし。

 そのため息の意味はなんだ?


「律儀ねえ」

「もう少し柔軟性があっても」

「いやいや、それでいい」

「まだ高校生だしな」


 どうやら各々で思惑に違いがあるようだ。どちらかと言えば女性側に理解がある。性に関して。

 旦那衆にとって娘、孫娘は目に入れても痛くない存在。ゆえに大切にしたいのだろう。わからなくもないが。翻って奥方衆はやっぱあれだ、お嬢の親だ。意外にも緩いかもしれない。


 俺の隣にはメイド長が立ってる。

 視線が固定されていて微動だにしないのは、さすがにキャリア何十年ってだけのことはあるのか。

 無言ゆえになにを考えているかはわからん。怖い。


 一家が朝飯を食い終わると食卓の片付けだ。


「きちんと守れているのですね」

「なんとか抗えています」

「まだお嬢様付きになったばかり。気を抜かないように」

「はい。心得ておきます」


 メイド長は以前より当たりが柔らかくなった。それでも厳しさはあるけどな。

 ダイニングの片付けが終わると、メイドたちの朝食になる。

 専用の部屋に集まり飯を食うが、すかさず声を掛けてくるのは倉岡だ。


「向後さん。今日もよろしくお願いしますね」

「いや、俺の担当はお嬢様だし、倉岡さんは研修でしょ」

「あの、そうじゃなくて、夜に少し」


 ないぞ。昨日みたいなのは無しだからな。

 花奈さんが苦笑いしてるし、メイド長が睨んでるのに気付けないようだ。


「倉岡さん。今日は一日研修ですよ。遊んでいるいとまはありません」

「あ、えっと、はい」


 さっそく注意されてるし。今の時点で男にうつつを抜かす余裕はないだろ。


 朝食が終わりお嬢の部屋に向かう。


「お嬢さま。入ってよろしいでしょうか」


 言うや否や部屋に引き摺り込むお嬢だ。入室の許可なんて不要なんだろう。


「向後。ソファ買ったらいちゃいちゃするんだよ」

「いたしません」

「するの。一緒に座ってエロ三昧」

「いたしません」


 ソファでくんずほぐれつ楽しむんだと息巻いてる。

 部屋の中を繋がったまま歩き回り、窓際で大開脚とか楽しそうだと抜かす、ど変態が居る。それは駅弁か? 絶対しないぞ。

 暫し、腐れた話をしていると、どうやら家具が届いたようだ。

 ポケットのスマホがぶるぶる。見ると外商が来てると。


「お嬢さま。家具が」

「行くよ」


 俺の手を引いて速攻で部屋を出るお嬢だ。

 屋敷の玄関先には男が居て旦那と話をしている。お嬢が傍によると「陳列してるから待ってなさい」と言ってる。陳列ってどこにするんだ? なんて思ってたら別館の広間に並べてるらしい。

 さっさと別館に向かうお嬢だ。もちろん俺は手を引かれてる。


 別館の前にはトラックが停車していて、ソファは運び入れられたみたいだ。

 早々に中に入り並べられたソファを見る。まだ配送業者がうろうろしていて、どこに何を並べるか指示してる人も居る。


「あ、あの色のソファ、いいな」

「左様でございますか」

「あっちのもいいな」

「左様でございますか」


 なんでもいいけど、くんずほぐれつは無いからな。

 指示してる人はスーツ姿だから、あの人もデパートの関係者か。慣れた様子で置き場所を指定し、時折、全体を見て頷いたり首を傾げたり。

 で、お嬢と視線が合ったのか、恭しく会釈してる。お嬢も軽く会釈し返してるな。


「まだかなあ」

「売り場と同じく気を使っているのでしょう。ベストの状態で展示したいのかと」

「気にしなくていいのに」


 商売人のプライドだろ。雑に並べて適当に選ばれるより、きちんと展示して商品をより良く見せる。手前にあるソファの値段を見て、腰が抜けそうだぞ。

 少しすると納得したのか、スーツ姿の男がこっちへ来て「大変お待たせいたしました。ごゆっくりご覧ください。また、ご質問等ありましたら、気軽にお申し付けください」だそうだ。


「向後。端の方から順に見るよ」

「はい。お嬢さま」


 早速、真剣な表情でソファを吟味しているようだ。手触りを確認したり、座面や背面を押し込んでみたり。で、気になると腰掛けて座り心地を試しているのだろう。


「向後。これ座り心地いいと思うけど」


 隣に座るよう促される。人目があるから執事としては、安易に腰掛けられないだろ。


「お嬢さまがご納得いただければ」

「向後も確かめないと。一緒に座るんだから」

「いえ。これはお嬢さまのためのソファでございます」

「いちいち堅いなあ」


 それにしても。ここに持ち込まれたソファ。どれも百万超えてるし。


「あ、これいいなあ」

「ではそちらにお決めになりますか?」

「向後も座って」

「いえ。お嬢さまのソファでございますから」


 目的に問題がありすぎるからな。アドバイスも同意も否定もしないぞ。俺にソファの良し悪しはわからんし。

 値札を見てびっくりだけどな。円形っぽいソファで革張りで、二百三十三万円って、車買えるじゃねーか。


「向後。座るの!」


 無理やり手を引かれ腰掛けさせられた。あまり抵抗しても見苦しいから、已む無くお嬢の隣に腰掛ける。まあ、座り心地はいいんだろうな。わからんけど。


「これでいいと思わない? 足伸ばして座れるし、お互い距離が近いから抱き合えるし。あ、これ回転するから向きも変えられる」

「お嬢さま次第です」

「向後。少しは感想言っていいんだよ」

「お嬢さまにお任せです」


 ちょっとむくれてるけど、執事と主の関係性なんだから、俺に意見を求めるなっての。食われることが前提じゃねーか。

 決めたようで外商を呼んでる。

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