Epi21 同衾と添い寝は別もの

 風呂から上がりお嬢の部屋にあるパウダールームに居る。結構な広さだよな。この部屋だけで前のアパートひと部屋分。鏡台と言っていいのか、幅一メートル、高さは天井まである鏡を前に、椅子に腰掛けるお嬢にドライヤーをあてる俺だ。


「ちゃんと乾かしてセットしてね」

「畏まりました」

「言葉遣いなんとかならないの?」

「これがデフォルトでございます」


 イライラしてそうだけど知らん。

 柔らかい髪質だな。猫のような、しかし癖っ毛ではなさそうだ。これ、将来的に薄くなるのかもしれん。聞いたことがある。細い髪は抜けやすく薄毛で悩むとか。

 ハゲお嬢とか笑えるが、女性にとっては深刻な悩みになるんだろう。男でも悩むんだからな。でも、世界に目を向ければ男のハゲは決して悪いものではない。むしろ精力の証だ。強い男性像とも言えるんじゃないのか。だから、毛の悩みなんてない。

 ハゲお嬢……。


「なに笑ってるの?」

「いえ、なんでもございません」

「向後」

「はい」


 チ〇コ吸うぞ。じゃねえよ。

 寝る前に貞操帯を付けておこう。本気で迫ってくるぞこれ。

 精力絶倫でハゲるのは女性も同じなのか?


 髪のセットが終わると、お嬢を先に寝室へ追いやっておく。


「片付けておきますので、先にお休みください」

「ちゃんと同衾してもらうからね。逃げられると思わないでよ」

「逃げませんとも」

「そう? ならいいんだけど」


 同衾じゃない。あくまで添い寝だ。言葉も違えば意味も違う。

 さて、この無粋な貞操帯を。リングを幾重にも巻いた感じの貞操帯だ。上下左右の柔軟性は皆無か。これ、起ったらきつそうだし痛いかもしれん。

 初めて身に着けるが、意外と、なんて言うか、面倒だし、コツがいるのか、これ。


「遅い!」

「では、就寝いたしましょうか」

「なにしてたの?」

「片付けに手間取りました」


 なんで、と問われ、お嬢の抜け毛が飛散してた、と適当抜かす。


「そんなに抜けてないでしょ」

「細いからわかりにくいのです」

「明日でもいいのに」

「それではお勤めを果たしたことになりません」


 ベッドで可愛らしく横になってるお嬢だ。これでまともなら、間違いなく惚れてしまいそうだ。変態で良かったと言えばいいのか。


「向後、隣に」

「はい。お嬢さま」


 ベッドに入り横に並ぶと、いやらしい笑みを浮かべてやがる。だがな、そうは問屋が卸さないってもんだ。俺の股間はしっかりガードされてる。お嬢の魔の手から逃れるために、花奈さんが用意してくれたんだろう。実に気が利く。

 暫く互いに横になっていたが、やっぱり来たよ。もそもそまさぐる魔手だ。


「……」

「どうされましたか?」

「向後」

「はい」


 なんじゃこりゃー! と、ひと際でかい声で騒いでやがる。

 掛け布団を勢い剥いで俺の股間を凝視するお嬢だ。


「向後。なにこれ?」

「おや? ご存知ではないのですか。これは貞操帯です」

「だから、なんでこんなもん、付けてるのって聞いてるの!」

「結果の予測に対して対抗策を取ったのです」


 こら、掴むな。外そうとするな。雑な扱い方すると痛いんだよ。リングとリングの間に皮が挟まれるんだっての。

 だから、強引にずらそうとするな。


「お、お嬢さ、ま。痛いのでおやめください」

「じゃあ外せ」

「ごめん被ります」

「こうごー!」


 だー! もげるだろ。引っ張るなっての。そんなことしても外れないって。付けるのも難儀するくらいなんだから、外すのだって容易じゃないんだよ。

 ええい、この変態お嬢。どうしてくれよう。


「お嬢さま。これ以上は無駄ですので諦めるのが吉です」

「付けられたなら外せるに決まってるでしょ! こんなもの、チ〇コごと引っこ抜いてやる!」

「それだと使えなくなるっての!」

「知らない! どうせできないなら無くていい」


 アホすぎだ。


「それだと先々、お嬢さまが楽しめませんよ」

「うー」

「今日は大人しくしましょう。初日から飛ばす必要はありません」

「じゃあ、明日」


 ねえっての。

 なあ、いつまでも股間を凝視しないでくれるかな。名残惜しそうなのは理解するけど。あと一年も無いんだから我慢することを覚えた方がいい。


「お嬢さま」

「感触が悪い」

「大人しく寝てください」

「向後。明日こんなの付けたら許さないから」


 いやいや、貞操の危機に無防備で居られるかっての。

 この貞操帯、少し問題がある。


「いててててて」


 細巻きチャーシューがある。

 痛いんだよ。形状が固定されてるせいなのと、リングの径は変わらない、ってことはだ。

 食い込んで痛い。SMプレイだ。俺はMじゃないから楽しくない。

 已む無しだ。緊急事態と言うことで外すしかない。


 朝からこんなことしてる俺って、いくらお嬢から守るためとは言え、実に情けない。


「んー、こうごー、どうしたの?」


 目覚めたようだ。


「向後、なにしてるの? って、なにそれ!」


 寝ぼけ眼が一転。らんらんと輝く目付きで股間を凝視するお嬢だ。


「ねえ、写真撮っていい?」

「駄目です」

「なんかすごいことになってる。触っていいよね?」

「駄目です」


 暴れだしたらますます外れなくなるだろ。くそ、覗き込んで楽しそうだな、おい。

 背を向けて外そうとするも、しっかり覗き込んで嬌声を上げるお嬢が居る。


「痛いの?」

「痛い」

「出せば鎮まるでしょ」

「出しません」


 悪戦苦闘しながらもなんとか外すことに成功した。痛みから萎えてきた瞬間を狙い、刺激しないようにゆっくり外して事なきを得た。

 お嬢は面白がっていたが。この痛みは男にしかわかるまい。

 なんか違うものがいい。これはちょっと問題があるな。


「向後。もう終わり?」

「終わりです」

「じゃあ、握っていい?」

「お断りします」


 さっさと着替えて身なりを整えると、お嬢にも服を着せて行く。


「お嬢さま。手を誘導しないでください」

「だって、触ってくれない」

「当然です」

「触り放題、入れ放題なのに」


 放題はないんだっての。

 お嬢をパウダールームに引き摺り込み、洗顔と歯磨きを済ませ髪をセットする。


御髪おぐしを整えましょう」

「向後」

「なんでしょうか」

「向後の手で触ってもらえると、なんか疼くんだよね」


 変態め。まあでも、優しく扱えば心地良さはあるんだろう。

 恍惚とした表情は浮かべなくていいぞ。つい襲いたくなる。つい手を出したくなる魅力だけはあるんだよな。変態だけど。

 屋敷専用スマホにメッセージが入る。


「お嬢さま。朝餐のお時間です」

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