Epi19 新たなメイド見習い

 お嬢の夕飯が済むと使用人たちの夕飯になる。

 メイド長を筆頭にメイドが全員揃い、男は俺ひとりだけ。蓮見さんは、と言えば自分の家族のもとに帰っている。早朝屋敷に来て八時に帰る。しんどそうだよなあ。

 子どもも居るらしい。一家の主やってるんだと思うと、俺もいずれは、なんて思ったりも。相手はもちろん花奈さんだけどな。


 長テーブルを前に女性ばっかり。いい加減慣れたけど。


「お嬢様付きの初日でしたけど、きちんと対処できましたか?」


 メイド長から聞かれたが、まあ、凡そつつがなくと返答しておいた。

 俺の左隣には花奈さんが腰掛け、右隣には青沼さんが居る。向かいに前山さんが居て、右斜向かいに田部さんが居る。左斜向かいに槇さん。

 それと見知らぬ女性がひとり、メイド長の隣に腰掛けてる。すごく若そうだけど。


「向後さんに紹介しておきます」


 俺が気付いたからか、メイド長から見知らぬ女性を紹介される。


「本日より研修に入る倉岡です。今年高校を卒業したばかりですので、先達として時に支えてあげてください」


 先輩って言ってもキャリアわずか三か月。しかも研修終わったばっかり。花奈さんが教育係なんじゃ?

 すると立ち上がって会釈して自己紹介してる。


「倉岡です。いろいろご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」


 まあ、若い。可愛らしさもある。メイド服に着られてる感じだけど。まだ敬語がマスターできてないのは理解した。俺もだけど。


「向後さん。あなたも自己紹介を」

「あ、そうでした。私は向後と申します。まだ指導できる立場ではありませんので、互いに切磋琢磨して勤めあげましょう」


 起立して一礼すると、なんか倉岡とか言った女性の目が。

 もしかして。


「向後さんですね。お嬢様付きのエリートと聞いてます」


 え? お嬢付きだとエリートなの? と思って花奈さんを見ると。


「お嬢様付きになる方は試練が多いですから」

「確かに多いけど、でも変態」

「男性で選ばれるのは名誉なのですよ」


 そう言えば以前は女性のメイドがふたりとか。でもさあ、単に気に入られただけって。エリートでもなんでもないし、かわすだけで精いっぱいだし。


「あ、あの、仲良くしてください」

「えーっと」

「向後さん。えーっとではございません。言葉遣いは正しく」

「あ、そうでした」


 メイド長に咎められてもなあ。だって予想の斜め上に来たんだから。仲良くとか普通は言わんだろ。学校じゃないんだし。


「あの、それと、夜のお勤めもあると」

「え?」

「向後さんには、まだまだ経験を積んでもらう必要があります。安易に流されないよう、お嬢様と近い年齢の人が必要ですので」


 じゃあ、この子が用意していた十八歳?

 マジで? 花奈さん居るから問題無いと思うんだけど。確かにお嬢の体はすごい。でも花奈さんも負けてないし、最高だし好きだし愛してるし。

 だが、逆らっても無駄だった。男だから流されかねない。鋼の精神を養うには、いささか経験不足だとか。

 マジか。


「向後さん。浮気とは思わないので、しっかり耐え切れる精神を養ってくださいね」


 うん。それってするなってことだよね。耐え切れって言ってるし。

 夕食が済んで各自解散となる。

 だが、俺にはこのあと、お嬢と入浴に添い寝が控えている。これって残業扱いになるのか?


「お嬢様は二十二時に入浴なさいます。就寝時刻は二十四時ですので、少々睡眠不足気味になります。そこで、お嬢様付きの特例として、起床時刻を六時半とします」


 お嬢は七時に起床。三十分前に起きて身支度を整え、お嬢を起こせと。

 お嬢付きということで、屋敷内の雑務はほとんど無いから、眠けりゃ昼寝も可能だとか。学校に行ってる間は基本、自由時間になる。

 つまりだ、残業に含まれない。日中は自由だから。なんか楽なのかしんどいのか。

 日中やることと言えば、ベッドメイク、お嬢の部屋の清掃と整頓、洗濯したりお嬢の服を片付ける。つまりすべてがお嬢中心。


 花奈さんを見ると微笑みながら「休みは有効に使いましょうね」だそうだ。

 そして、俺に近寄りキラキラした目をする倉岡さんが居る。


「えっと、なんですか?」

「あの、濡れました」

「は?」

「射抜いてしまったのですね」


 花奈さんは即座に理解したようだ。俺は一瞬思考が止まったが、花奈さんやお嬢と同じだと理解した。つまりひと目惚れ。

 マジかよ。今までこんなにモテたことは無かったぞ。貧乏だったし、遊んでる暇も無くて、大学四年間は毎日バイト三昧。高校の時も家が貧乏すぎてバイトばっかり。女子と接する機会なんてほとんど無かったけど。


「休日は是非ご一緒しましょう」

「えっとね」

「直輝さん。月一回とか決めないと、ずるずる関係を続けることになりますよ」


 月一とかじゃなくて休日は花奈さん一択。この子の相手をする暇はない。


「あのね、もう少しよく考えてから結論を得た方がいい」

「だって、溢れたんですよ」

「いや、だから」

「直輝さん。月に一回は已むを得ません。好かれているのですから、訓練だと思って付き合ってあげてください」


 花奈さん。それだと俺ってクソ野郎。お嬢の相手してるだけで、精神をごっそり持ってかれる。花奈さんに癒して貰わないと、先へ進めないんだって。


「あのですね、俺もまだ見習いレベルだから、一年くらい先になったらってことで」

「問題ありません! 私も見習いです。互いに切磋琢磨して一流メイドになりましょう」

「メイドじゃないんだけど」

「直輝さん。諦めた方が良いです」


 なぜ花奈さんはそこまで達観してる?

 横から奪い取ろうとしてるんだよ? もし奪われたらとか思わないの?


「信用してますから」


 俺をそこまで。だったら信用に応えるべきだろう。なに、こんな子ならお嬢よりあしらいやすかろう。どんと構えていればいいんだ。そうだそうだ。

 倉岡さんを見ると目がとろんとしてる。マジだ、この目。

 とりあえず一旦寮に戻り、着替えて花奈さんの部屋に、と思ったんだが。


「案内してください」

「いや、それは他のメイドさんに」

「あの、そのですね、下着が濡れて」


 聞きたくなかった。溢れたって言うんだから、そうなんだろうけど。


「早く穿き替えたいんです」


 花奈さんを見ると「案内して差し上げて」とか。ついでに「次の休日は朝からご一緒しますから」と。それは嬉しいけど、ここで助け舟を、と思ったのに。なんか素っ気ない態度な気が。

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