Epi18 デート後のお嬢の要望

 帰路はご機嫌なお嬢。

 来た時と同様、しっかり腕を絡めて手も繋がってる。柔らかい手の感触と、これでもかと主張し圧迫してくる胸がね。こんな関係性じゃなかったら、とつくづく思う。

 絶対手が出てるよ。だが、この誘惑にひたすら耐える必要がある。


「ねえ、いつも名前で呼んで欲しいな」

「屋敷内ではお嬢さま、だ」

「それだと距離感じる」

「決まり事だし、主従の関係性は保つ必要がある」


 素っ気なさ過ぎるとか言ってるけど、仕える主である以上は已む無しだろ。


「あ、そう言えば、絡まれてる時あたしの名前呼ばなかった。なんで?」


 これも執事なら当然だと教えられてる。


「名前を呼ぶと覚えられる。調べたらどこの誰かバレる。悪い奴らに与える情報は最小限に抑えるのも、執事の務めだからね」


 なんだよ。キラキラした目で見るなって。これまでお嬢付きだったメイドも、外じゃ安易に名前で呼んでないだろうに。

 裏で執事やメイドが苦労してるのを知らんのか。まあ、その苦労も給料の内なんだろうけど。


「ちゃんと執事してるんだ」

「給料分は働く必要があるから」

「パパとかママでも同じ?」

「そりゃ仕事だからね」


 なんでがっかりしてる。まさかお嬢だけ特別扱いとか、そう思ってたりするのか? 無いぞ。主従関係にある対象はすべて、同じ対応になる。お嬢だから特別とかは無い。可愛いけどな。


「恋人だったら?」

「そりゃまた話は別だろ」

「あたしは恋人になりたい。向後の特別になりたい」


 エロいこと言わなけりゃ、充分、魅力のある存在なんだよ。ただ、花奈さんはね、お嬢と違って大人だ。俺より社会経験積んで、実績もあって頼れる存在。癒しも与えてくれるから、どうしたって差が出てくる。

 これがもし、お嬢が大学生でもっと大人しくて、清楚な雰囲気を漂わせてたら、違ったかもな。子どもすぎる。

 だからと言って、正直に「ガキだ」なんて言わないけど。


「立場を超えて、となると無理」

「恋人同士なら立場なんて関係ない」

「いや、家柄もあるし、俺なんてただの貧乏な使用人」

「ママが交際は好きにすればいいって言ってた」


 許可が出てるから、こうして遊びに出られるんだろ。


「一時の気の迷い程度に見てるんだろ」

「違う。本気だから」

「まあ、あと数年もすれば、なんであんなのに入れ上げたのか、なんて思うよ」

「絶対思わない。あたしには向後しか居ないから」


 思い込みが激しいな。十七、十八なんて熱しやすく冷めやすい年頃だろ。来年辺りには他にいい男見付けた、とかならないとも限らん。俺もそうだったし。と言っても付き合った例はないから、よくわからんが。

 握られてる手に力が籠ってる。今は本気だと錯覚してるんだろう。よくあることだ。青春だなあ。


 屋敷に帰ると一旦スーツに着替えるべく寮へ戻る。お嬢も着替えのために自室へ向かったようだ。

 寮に入ると玄関先に花奈さんが居た。なんか癒されるなあ。


「お帰りなさい」

「ただいま」

「お嬢様とのデートは如何でしたか?」

「絡まれた」


 御苑での出来事を話すと「よくできました。立派な執事ですよ」だそうだ。


「たとえ腹が立っても手は出さない。これは鉄則です。もし危害を加えられる場合には、真っ先にお嬢様を逃がすために、行動することが前提ですから」


 ただ、お嬢に手を出させたのは失敗だそうだ。それを押さえれば完璧だと。


「気付いたら蹴ってたし」

「お嬢様ですから」

「とんでもないやんちゃ姫だ」


 笑顔がいいなあ。お嬢には無いものがある。

 花奈さんは、まだ用があるからと先に屋敷へ行った。

 さっさと着替えてお嬢の所に行くか。


 スーツに着替えて屋敷へ行き、お嬢の部屋に行くと、だからさあ。


「お嬢さま。お召し物は?」

「いいじゃん。抱き放題だよ」


 目の毒なんだよ。やたら子どもっぽい所があるのに、なんで体の発育だけは大人顔負けなんだよ。

 ベッドの上でこれ見よがしに誘惑してくる。


「向後が反応してる」

「気のせいです」

「掴むよ」

「遠慮いたします」


 夕飯まではまだ少し時間がある。


「晩餐までにはお召し物を纏ってください」

「裸でご飯食べる気は無いから」


 だったらさっさと服を着ろ。丸出しで何してやがる。


「向後」

「なんでしょうか?」

「触らないの?」

「いたしません」


 ぶつぶつ文句言ってるけど知らんぞ。安易に手を出せる存在じゃない。旦那や奥様の信頼を裏切れば、執事をクビになるし行き場を失う。股間の危機もある。


「ベッドに座ればいいのに」

「いいえ。そこはソファでも椅子でもありません」

「じゃあ、ソファ用意したら一緒に座ってくれるの?」

「お嬢さまの部屋でございます。私は直立している必要があります」


 もっと柔軟に好き勝手に行動しろとか言ってる。ならば旦那と奥様、それと大旦那と大奥様の許可を得ておけ、と言っておいた。

 俺の一存で好き勝手できるかっての。所詮は雇われの身だ。屋敷の外では自分で判断する場合もあるが、屋敷内では旦那や大旦那が絶対の主だ。


「寝る時は一緒でしょ」

「添い寝、でございます」

「触り放題、入れ放題」

「あり得ません」


 寝ることができるのに座れないのかとか、一見正当なことを言ってる。


「先ほども申しました。椅子でもソファでもありませんと」

「じゃあ、パパに言ってソファを用意させる」


 立たせておくと嫌なんだそうだ。一緒に並んで座りたい。そしてキスしてだの言ってやがる。キスは駄目だって言われただろ。すぐ忘れるのか、都合の悪い部分だけ健忘症になるのか。

 で、服を着て旦那の部屋に行くようだ。

 でだよ、またしてもドアを蹴ってるし、蹴った勢いのままドアを開け放つし。


「は、葉月、どうした?」

「ソファ買って」

「ソファ? 椅子ならあるだろ」

「じゃなくて、向後と座るためのラブソファ」


 俺を見てお嬢を見て「外商を呼ぶから明日でいいか」とか言ってる。買いに行く、じゃないのか。まあでもあれか、デパートには外商部ってのもあるし、顧客のもとに直接出向いてセールスするんだろう。

 つくづく金持ちはやることが違う。


「サンプルは必要か?」

「できたら何種類か見て決めたい」

「じゃあ十種類くらい持ってきてもらうよ」


 なんだそれ。持参させるのか? 買い物の仕方が根本から違う。

 ちなみにお嬢の寝室は十八畳くらいある。その隣に六畳ほどの衣裳部屋、それとパウダールームと勉強部屋が寝室に繋がってるんだよ。

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