Epi16 まともな会話になった

「新宿御苑に行く」

「つまんない」

「体だけ、なんてのじゃ行き先が無い」

「ネカフェかラブホって言ってる」


 アホか。

 不可能な要求だといい加減気付け。


「御苑内の散策でまずは互いの距離を縮めよう」

「一発噛ました方が手っ取り早い」

「そりゃナンパ野郎のセリフだ」

「じゃあ、御苑のベンチでアオカンなら」


 変態パワー炸裂だな。さすがは露出狂。だが、そんなもの許可以前の問題だ。公然わいせつ罪で逮捕される。

 歩き出すと「アオカン?」とか言ってるし。ねえんだよ。

 と、その前に腹が減ってきたから、どこかで腹ごしらえがしたいな。


「葉月さん。腹減って無いか?」

「葉月ちゃん。減ってきた。向後を食べられれば満足できるけど」

「……俺は食いもんじゃない」

「精子は飲み物」


 頭が痛すぎる。あの家族はこいつの教育に失敗してるだろ。それとも実は家族揃って変態なのか? だとすれば合点も行くけどな。

 どこで飯を食うか。筋金入りのお嬢だから、適当なところだと文句が出そうだし。普段からいいものばっか食ってるからなあ。三ツ星レストランとかじゃないと、口に合わないとか文句出そうだ。

 ちょっと調べてみるか。


「なにしてんの?」

「飯屋を調べてる」

「だったら伊勢丹の寿司屋」

「高級なのか?」


 高いか安いかは知らないそうだ。ただ、店の人とは知り合いだから、気軽に行けるんだとか言ってる。自分では金払ったことが無い。まあ当然か。いつもは旦那や奥様に連れられてるそうだし。


「あと料亭」

「料亭? 俺、行ったこと無いんだけど」

「別に変なマナーとか強要しないよ。知り合いだし」


 やっぱ高級そうな店だ。俺みたいな貧乏人にはとんでもなく、ハードル高いよなあ。そこはなんだかんだ言ってもお嬢様だ。金持ち御用達の店は、ほぼ知り合いなんだろう。


「えっと、じゃあ寿司屋にしよう」

「料亭でもいいんだけど」

「そっちは慣れてないから」

「寿司屋もマナーあるけど」


 それは習ってる。っていうか花奈さんに連れられて、高級寿司店での食い方を学んできた。花奈さんも何気に金あるよな。まあ、優秀なら給料も多いだろうし。

 伊勢丹に向かって歩き始めると、これ以上ないくらいに張り付くお嬢だ。歩き辛いんだよ。胸押し付けてるし。これ、執事とお嬢の関係じゃなかったら、とっくにラブホに連れ込んでたかも。


 伊勢丹ってのは俺にとって雲の上の百貨店だ。絶対に寄り付けない寄せ付けない、そんなオーラが漂ってるし。貧乏人に用は無い、と言わんばかりだしな。

 今は、以前ほど遠くは感じなくなった。今日みたいにお嬢が居ると、なんか普通に入れるし。これはあれだ、お嬢の持つオーラだ。金持ち特有の。


 七階まで上がり目的の寿司屋に入ると、お嬢を見た途端に大将らしき人が「いらっしゃいませ、お嬢様。今日はお付きの方とご一緒ですか」とか言ってるし。

 しかも作業してただろうに、姿勢を正して直立不動。


「お腹空いたから大将おすすめを二人前」

「畏まりました」


 慣れてる。お嬢、めっちゃ慣れてるし。

 さっさとカウンターに座るし「座れば?」とか言って、促してるし。

 本物のセレブって、やっぱこういう扱いになるんだ。


 目の前に出される高級な握り寿司。ご丁寧に一貫ずつ出されるから、逆に出された順に食べればいい。自分で注文するとなると、妙な食べ方してるとか思われそうだし。

 お嬢を見ると実に慣れてる。当たり前にひょいひょい食ってるし。

 支払いはまあ、カードを預かってるし問題無いだろう。しかも自分名義だ。でも私用で使うことは許されない。お嬢と一緒の時に、お会計が発生した際に使う。


 かなり緊張したが、それでも食べ終わり茶を啜っていると。


「慣れなくていいけど、変に緊張しなくていいんだから」


 と、お嬢に言われた。

 ひと息吐くと立ち上がり店の外に出るお嬢だ。

 支払いをしようとしたら「必要ありません」と言われた。どうやらつけ払いが通じるようだ。


 店をあとにすると、また腕が絡み付き手を握られる。もちろん胸はみっちり押し付けてるし。


「向後の家って、普通の家庭なの?」

「まあ、普通って言うか貧乏」

「ふーん。貧乏ってどんなの?」


 貧乏を説明するのか。


「学費と家賃以外は仕送りしてもらえない程度に」

「食費とかは?」

「バイトして稼いでた」

「あ、じゃああれなんだ、苦学生とか言う奴」


 その通りなんだけど、なんかなあ。金で苦労したことなんて無いんだろうな。


「なんで応募してきたの? 執事なんてやったことないんでしょ?」

「無かった。って言うか、執事だってことも明記されてなかったぞ」

「ふーん。他に就職したい所、無かったの?」

「それはだな……全部落ちた」


 こんなご時世だからねえ、とか言ってるけど、わかってんのか?

 就職活動をしても内定が決まらず、そのまま卒業する大学生も多い。まあ、大半は散々遊んでたツケだけどな。まじめに生きてきた奴でも厳しい。

 非正規雇用ならいくらでも受け入れ先はある。誰がこんな世の中にしたのか。ああ、派遣会社のトップが政策顧問になって、企業側の思惑と一致したからだ。使い捨ての駒が欲しかったってことで。

 まさに政治を蝕むがん細胞だな。

 それでも、その企業のトップの家に世話になってる。なんの因果なんだか。


「でも、あたしは嬉しい」

「なんで? 俺が落ちたことがか?」

「違うって。向後がうちに来てくれた。写真見た瞬間、迸ったんだよ。ドバーッて」


 なんかどっかで聞いたセリフ。溢れて止まらなかったとか言ってる。なんだそれ。


「運命の人だって思った」

「気の迷いだ」

「違う。他の誰を見ても、それこそどっかの御曹司なんて、なんの魅力も感じなかった。でも向後を見た瞬間、ドキドキが激しくなって」


 花奈さんも似たようなこと言ってたな。俺になんかあるのか?


「だから、いつでも抱いていいんだよ」

「それは駄目」

「いいって言ってるのに」

「旦那様や大旦那様に厳命されてる」


 じゃあ、撤回させるとか言ってるし。無理だろ。

 代わりに高校卒業すれば自由だって言ってるし。好きなだけやりゃいいとまで。基本的には緩いんだろ、その辺のことに関しては。


「高校生の間までは我慢しろってことだ」

「我慢できない」

「そこを耐えれば後は好き放題だろ」

「男どもは堅いんだって。硬いのはチ〇コだけでいいのに。パパなんてどうせふにゃチン」


 だから煩いんだ、とか言ってるし。

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