Epi15 お嬢さまと初のデート?

「向後」

「はい」

「手を繋げ」

「……」


 返事は? と言いながら勢い付けて腕を手繰り寄せ、手を握るお嬢が居る。くそ、妙に物分かりのいい奥様だ。執事を付けるほどに大切なお嬢様なら、指一本触れること罷りならん、とかじゃないのか? 今日から入浴時に背中も流すことになってる。その際には胸を揉むまでは許可されてる。握らせるのも許可されてる。出ちゃうだろ。刺激が強過ぎて。見た目だけは完璧なんだよ、このお嬢。ど変態を極めてるけど。それに出たらアウトって、なんだそのルール。

 半端に許可されるとこっちが辛いんだよ。


「向後。デートしよう」

「已むを得ません。どちらに?」

「普通、リードしてくれるんじゃないの?」

「あいにく、デートとやらをリードする教育は受けておりません」


 可愛い顔して睨むな。


「じゃあ、ラブホ」

「行きません」

「じゃあ、アオカンでもいい」

「あり得ません」


 なにがアオカンだ。

 意味を理解してない、わけじゃないよな。露出狂の気があるとか言ってたし。見せ付けて喜ぶ変態だ。


「ではこうしましょう。私はまだお嬢様をよくは存じ上げません。ですので互いを知るために、落ち付いた場所で会話を楽しみましょう」

「それならラブホでいいじゃん」

「そこは如何わしいので却下です」


 如何わしいだけじゃない。未成年者を連れ込んだらアウトだ。

 ついでに少々派手だし落ち着ける雰囲気じゃないだろ。花奈さんと一回行ったけど、そこの雰囲気は悪くは無かったな。じゃない。


「じゃあ新宿のネカフェ」


 ネカフェねえ。個室だと襲われそうだ。


「一般的なカフェがよろしいかと」

「ヤダ。それだとセックスできない」

「いたしません」

「入れて出すだけじゃん。簡単にできる」


 こいつ……。できる範囲の話ならまだしも、禁止されてることをしようとしやがる。あれか、駄目と言われると余計にやりたくなる。ガキだ。

 とは言え、じゃあしましょう、なんて言うと本当にそうなりかねない。こういう場合はどう受け流すのがベストなのか。花奈さんに相談したいが、こんなことで手を煩わせるのもなあ。


「会話を楽しむのですからカフェが最適です」

「性交を愉しむんだってば」

「それは高校を卒業してからです」

「待てない」


 性欲の権化だな。興味津々ってのもあるんだろうけど。それにしても欲望に忠実すぎる。

 屋敷の敷地内でうだうだしてても仕方ない。さっさと外に出ることに。


「とりあえず移動しましょう」

「車は?」

「繁華街では車が邪魔になります」

「そうなんだ」


 花奈さんの受け売り。でも確かに車の置き場所に困る。金も無駄にかかる。駐車場を確保しても、そこからは徒歩で移動しなきゃならない。郊外なら車移動はありだけど、都内は扱いに困るだけだな。

 最寄り駅まで徒歩で向かうが、その最中ずっと腕を絡めて手を握ってる。

 表情を見るとにこにこ楽しそうだ。まあ、その笑顔は愛らしさに溢れてるな。変態でさえなければ、確実に惚れてしまうだろう。


「お嬢さま」

「お嬢さま違う。葉月ちゃん」


 めんどくせえ。


「葉月さん。ICカードはお持ちですか?」

「敬語要らない。カードなら持ってる」


 屋敷内では敬語で、外に出ればフランクに、とは言われてた。意外と面倒だし、なんか相手しづらいんだよな。

 ICカードくらいは持ってるのか。普段車で移動してるなら不要だろうに。

 改札を前にバッグを漁るお嬢が居る。


「どうさ……どうした?」

「カード、どこに仕舞ったっけかな」


 普段使ってないだろ。だからどこに仕舞ったか覚えてない。もしかしてチャージもしてないんじゃないか?


「切符を買った方が早い」

「おかしいなあ。入れといたはずなのに」

「普段使ってるのか?」

「使ってない」


 使うわけ無いよな。ただ持ってるってだけで。

 券売機を前に佇むひとりの少女。うん、買い方すらわからんって奴か。今どきあり得ないけど、それだけ箱入り娘だってことだ。

 買い方を教えて自力で切符を購入させた。


「どうした?」

「ちょっと感動」

「なんで?」

「だって、生まれて初めて切符買った」


 すげえお嬢様だよな。マジで今どき居ないだろ、ここまで世間を知らない人なんて。


「じゃあ、いい経験をしたってことで」


 なんか嬉しそうだな。

 改札を抜けホームへ進むと、いろいろ興味深そうに見てるな。日頃から車移動だとこんな光景も見ないのか。

 時々、人にぶつかりそうになりながら、それでも俺の手を握り、時々こっちを見て微笑んでる。そうしてるとマジで可愛いんだよ。喋るとアウトだな。

 電車がホームに滑り込んでくると、ドアが開くと同時に乗り込もうとする。


「こういう場合は降りる人が先だ」

「そうなんだ」

「関東ではそれが標準」

「関東では、ってじゃあ、他は違うの?」


 関西は乗降も我先って聞いたことがある。他は知らん。田舎はそもそも人が居ない。一時間に一本程度だったし。

 電車に乗り込むと車窓の流れる景色を楽しみ、車内を見て「広告だらけだ」とか言ってる。車内アナウンスには「聞こえ辛い」とも言ってるな。聞き取りやすさや、音量は車掌や鉄道会社によるけど。

 さすがに景色を見るために、座席に靴ごと乗ることは無かった。


 目的の新宿駅に到着すると、ネカフェはどこだとか言い出す。


「何か所もあるからなあ」

「できるならどこでも」

「しない」

「掘ればいいのに」


 掘らない。掘るって、そもそもケツの方だろ。ああそうか。そっちだと処女喪失にはならないってか? そっちなら許可が出るのか?

 いやいや、そうじゃない。

 暫しうろうろしながら、見付けたネカフェだけど、入ったら絶対食おうとするだろうな。やっぱやめだ。危険すぎて俺の股間が今日限りになる。


「西口に美術館があるから、そこにしよう。カフェもあったと思う」

「美術館? ああ、SOMPO美術館」

「知ってるのか?」

「何度も行ってる」


 じゃあ意味無いか。やっぱあれか、教養の一環として美術館程度は常連って奴だ。


「映画は?」

「退屈だし寄り添えない。ねえ、ネカフェ嫌なの?」

「葉月さんがね、俺を襲うから」

「襲わない。ただセックスするだけ。あと葉月ちゃん」


 ちゃん付けはさすがに抵抗がある。でだ、それをすると俺の股間は消え去るんだよ。


「デパートでショッピングとかは?」

「欲しいものは向後の体」

「却下」

「じゃあラブホ」


 だからそれは無し。言っても聞かん奴だ。

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