Epi12 執事とメイドのGW

 早いもので、ここへ来てひと月が経過した。

 時々お嬢の襲撃を受けるも、花奈さんに助けられ事なきを得てはいるが。

 四月下旬から五月のゴールデンウィークを迎えると、曽我部一家は海外旅行をするそうだ。毎年一週間この屋敷から居なくなる。その間、メイドや執事は休みかと思ったら。


「ゴールデンウィークですが、今年は大旦那様と大奥様が残ります」


 旅行には行かないのか。ということは面倒を見る必要があるんだろう。俺にはまだ関係ないけど。

 今日で花奈さんの部屋に訪れたのは三回目。俺の部屋と同じくシンプルで、しかし、ベッドサイドにはぬいぐるみが。なんか可愛い。

 ベッドに花奈さんと並んで腰掛けているが、俺の手はねえ、花奈さんの太ももに置かれてるんだよ。実にいい感触だ。


「それと旅行にはメイドと執事が、ひとりずつ同行するので、残った者で屋敷の管理をします」


 旦那付きの蓮見さんと、メイド長の諸岡さんが旅行に帯同するそうだ。メイド長の居ない間は花奈さんがメイド長代行だとか。指示はすべて彼女が出す。

 俺はと言えば、教習所通いと研修三昧。残り二か月で執事として育てられる。


「ゴールデンウィーク中に一日だけ休日がありますから、その日にデートでもしましょう」


 思わぬお誘い。花奈さんとデートかあ。

 ふたりで顔を見合わせると、思わず笑みが零れるようだ。仕事中はあまり表情を出さないけど、ふたりきりの時は様々な表情を見せてくれる。

 ただ、丁寧な言葉遣いのせいか、今も少し距離を感じる部分はある。彼女自身はそれを意識してないんだろうけど。


 そして、旦那様一家の旅行当日。

 お嬢がねえ、少々ごねてる。


「ねえ、なんで向後を連れてかないの」

「まだ執事としての基本ができておりません」

「そんなのどうでもいい。友だちならもっと自由」

「駄目です。お嬢様付きとして、相応しい教養と作法を身に着けてからです」


 メイド長の諸岡さんに諭されてるけど、不満たらたらだなあ。

 全員で見送りに出てるわけだが、俺を見て「向後、あんた、いつまで研修してんのさ。早くあたしとセックスしなさい」とか、親が居る前でその発言はどうなんだ?

 そうなると諸岡さんに「下品です。まだ高校生なのですから節度を弁えなさい」と。

 旦那様も奥様も苦笑いをするしかないみたいで。


「揉めてても仕方ないから行くよ」

「パパもママもあたしの執事なんだったら、あたしの判断でいいでしょ」

「だからね、万が一のことも考えて」

「そんなの問題無い。暴漢ならあたしがぶっ飛ばす」


 旦那様の言葉も聞きゃしない。とんだ、わがままお嬢だな。

 隣に居る花奈さんが「お嬢様も体術を少々心得ていますから」だそうだ。己の身は己である程度守れるよう、護身術を身に着けてるとか。それにしては俺に簡単にかわされてたよなあ。


「油断されていたのでしょう。格闘技などの経験がない男性程度は、相手にできますから」


 まあそうか。俺程度にあしらわれるようだと、ひとり歩きも厳しいだろうし。

 ぶーぶー文句を垂れながらも、諸岡さんに車に押し込まれ屋敷を後にした。


「大旦那様と大奥様は他のメイドがお世話をします。向後さんはいつも通りですので」


 ということで、午前中の座学や教習所通いに、午後の体術と寮や駐車場の清掃業務。また、屋敷の門から玄関先までの清掃作業をこなす。

 ちなみに、初任給を得た。

 手取りは二十四万六千円だったが。差っ引かれる税金が大きいな。それでもバイト代とは雲泥の差だ。しかも、家賃も光熱費も食費も被服費も掛からない。丸々貯金する気になれば貯金できる。せいぜい自分のスマホ代くらいか。普段は金を使う暇もないし。

 ああ、そうだ。実家に少しは金を送ってやるか。


「研修が終了すれば基本給が上がりますよ」

「そうなんですか?」

「拘束時間が長いので、それに見合うだけの額は保証されます」


 まあ、朝六半時から夜は八時まで。以降、呼び出されたりしたら、追加で残業代も出るそうだからな。結果、月給は四十万から四十五万にはなるそうだ。俺でも。

 他のメイドたちはそれ以上の人も居るとか。花奈さんはいくらもらってるんだろうか。


「知りたいですか?」

「少し」

「教えませんよ。でも、結婚したら教えますけど」


 まあ今は変に相手の収入に期待して、怠けても困るってことだろう。

 それにしても執事やメイドに対して、ずいぶんと太っ腹なんだな。相場を知らないからあれだけど。


 そして休みの日。


「どこか行きたい所はありますか?」

「東京でのデート経験が無いんだけど」

「では、定番のスポットに」


 車で行くのかと思ったら、電車と徒歩だそうだ。


「都内は電車の移動が早いです。車はすぐ渋滞に引っ掛かりますし、駐める場所も少ないので」


 それと徒歩で見て歩くのがいいと。見栄を張って車で行っても、駐車場を探してる時間が無駄だとも。


「腕を組んで手を繋いで歩けますよ」

「あ、それは恋人っぽくていいかも」

「恋人じゃないんですか?」

「あ、いや。えっと恋人のつもりだけど」


 からかわれてる感じだけど、目を細めて笑ってるからいいか。

 いつものメイド服じゃなく、白いシャツワンピにベージュ系クルーベストの組み合わせで、大人っぽい雰囲気だ。

 髪もいつもと違い、シルエットミディで大人可愛さを演出してる。

 これ、絶対男にモテるよなあ。住み込みメイドなんてやってると、出会いも無さそうだ。もったいない、なんて思う一方でラッキーとか思ったりも。


 地方出身者の遊び場として、定番中の定番である渋谷へ来た。

 まあ、テレビでよく見るスクランブル交差点や、センター街をうろうろして、仲睦まじく練り歩く。しっかり腕は絡まって、その先は恋人繋ぎ。なんかいい。

 昼飯は東急百貨店本店の向かいにある、メキシカン料理店になった。少し変わったものと思いリクエストした結果だ。

 こじんまりした店で、店内はこれぞメキシコって感じだ。派手だし。


「専門店で食べるのは初めてかも」

「屋敷の食事は刺激の強いものは避けてますから」


 食後はまた少し歩いて、少し入り組んだ小道を進む。


「あの、なんか」

「二時間くらい休憩しましょう」


 これが噂のラブホ街。

 しっかり連れ込まれた。


「遠慮は要りませんよ。時間いっぱい楽しみましょう」


 そうなると我慢なんてできるわけもなく、誰に気兼ねすることなく、愉しみまくってすっきりさっぱり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る