Epi6 座学はそれほど退屈しない

 タブレットを用いた理由は、動画や静止画で学ぶためらしい。様々なシチュエーションのもと、執事たるもの、どのような言動を取るのか示されている。

 幾つか見せられると問題が出され、正解すると次へ進む。不正解だとやり直し。

 八十分の授業が終わると休憩に。


「物覚えは悪くは無いようですね」

「まあ、一応大学出てるので」

「理解力は少々難ありですね」

「バイトばかりで鍛え損ねたかもです」


 教卓にある椅子に腰掛けてる中条さんだ。昨日はいきなり全裸を披露してくれてる。あげく搾り取られてるし。そんなの一切気にしない風だけど。

 オンとオフを完全に切り分けられるんだろう。


「今後、お嬢様付きになると、誘惑が激しくなります」

「初日のあいさつの時に、少し危険な雰囲気出てました」

「あなたを指名したのも、気に入ったのが大きいです。手ぐすね引いて待ってますから」


 研修終了後、お嬢付きになった際には死ぬ気で抗えと。そうしないとマジで去勢されるそうだ。ただし、高校を卒業したら本人の自由に任せるらしい。残り一年。

 うまくあしらい続ければ、卒業と同時に処女が頂けるとか。いや、別にそんな気は無いけど、誘われたら乗るんだろうな。

 それにしても女子高生に好かれたとか、これも幸運と言えばいいのか。しかも曽我部の娘。お嬢様だし逆玉だし。とは言え、逆玉に至れるかは俺次第なんだろう。


蓮見はすみからお嬢様に関してどう聞いていますか?」

「え?」

「握らせるのも駄目とか言われましたか?」

「あ、そう言えば」


 あの執事さんは蓮見っていうのか。握らせてもアウトとか言ってたな。


「握らせるのは問題ありません。その先があれば去勢です」

「えっと」

「扱いて出して貰うのは無しです。関心を持って触ってきますから、そこまでは許可してます」


 握るまでって、生殺し。じゃあなんで握らせるのも駄目って言ったんだ?


「蓮見は少し固すぎます。柔軟性に乏しいので、お嬢様にとって少々鬱陶しい存在ですね」


 まあ、口煩い人が居ないと暴走しそうだし。


「私と繋がるのはありです」

「はい?」

「不満ですか?」

「い、いいえ」


 朝のメイド、前山さんだっけか、あの人も繋がるのはいいとか。ここのメイドって、あのおばはん以外全員抱けるとか。おばはんもだと無理だけどなあ。

 それにしても異常だ。性に関してここだけ異世界だろ。

 休憩を終えると再び座学が始まり、昼まで続くと主に食事の提供となる。


「そう言えばまだ奥さんとか、顔も見てない」

「今日のお昼に顔合わせをします」


 大奥様と奥様が今は屋敷に居るらしい。大旦那と旦那はもちろん仕事で居ない。

 それと、研修中の俺に給仕をさせることはない。ただあいさつだけすませればいいとか。

 他のメイドが忙しく動き回る中、俺だけ暇を持て余す感じだ。三か月は所詮見習いだしな。粗相があったらクビになるんだろう。


 昼食の時間になり大奥様と奥様が食堂に来る。

 でだ、メイド長が新人執事として紹介するそうだ。ふたりの主の前に出される。

 深々と頭を下げるメイド長と、強制的に頭を下げさせられる俺。ふんぞり返るなってことだよな。


「諸岡、そこまで畏まらなくてもいいんですよ」


 奥様からの言葉だ。メイド長は諸岡っていう名前だな。


「最初が肝心でございます。このような若造は徹底的にしばき上げないと、すぐに増長いたします」


 うん。絵に描いたようなメイド長。


「娘が大層気に入っているのです。お友だちとして仲良くしてもらうのですから」

「いけません。すぐにケダモノになり間違いを仕出かしかねません」

「少しはいいと思うんですよ」

「甘いです奥様。今どきの若者は限度を知りませんからね」


 どう思われてるかよく分かった。信頼はまるっきり無い。執事の蓮見さんより厳しいんだろう。よくある物語のメイド長と同じだ。

 それでも大奥様まで「可愛らしいではありませんか。少しくらいの粗相は大目に見ますよ」とか言われて、苦虫を噛み潰したような表情のメイド長が居る。

 それにしても上流階級の生活ぶり。想像してたのとあまり相違ないってのが。フィクションの世界と相違ないってことは、もともとこんな感じだからか。


 あいさつが済むとすぐに退席させられて「皿洗いでもしておけ」とメイド長に言われた。

 已む無く厨房へ行くと皿洗いも居るじゃん。そこへ中条さんが来て「やらなくていいです」だそうだ。食事を済ませたら午後二時まで休憩。その後は体術の師範が来るから、しっかり休んでおくといいと。


 二時までは自由時間。寮の自室へ戻りベッドに腰掛けるが、少しすると眠気を催してくる。時間はあるにはあるが、ここで眠ってしまうとまずいよなあ。と思いつつも体を横たえてみる。

 うとうとし出すとドアがノックされた。


「向後さん、時間です」


 返事をする前に中条さんがドアを開けてるし。これ、着替えてたり、あの最中……気にするわけないか。

 ベッドから体を起こし乱れた服を直す。


「今日は着替えてください」

「え?」

「ジャージを用意しているので」


 と言いながらジャージを手渡してくる。

 受け取ると着替えるのだが、じっと見てるし。なんか着替えしづらいんだけど。せめて目を逸らすとか部屋から出るとか、ないのだろうか。


「あの」

「気にする必要ありません。昨日握ってるんですから」


 まあそうなんだけど。

 でだ、ジャージを履いたら、すかさず傍に来て何やら股間に装着してる。


「あの」

「金的サポーターですよ。金的を経験してもらうので」


 それって、蹴られろってこと?

 すごく嫌なんだけど。


「暴漢によっては急所を攻めてきますよ。多少でも衝撃を知っておく必要があります」

「悶絶死するかも」

「だからこそです。少々訓練した程度では素人レベルですからね。衝撃を知っていれば、悶絶死は逃れられるでしょう」


 いやいや、こればかりは女性にはわかるまい。下手すれば泡吹いて気絶する。

 だが、必要だからと訓練メニューに組み込まれてるそうだ。勘弁して欲しい。


 着替えが済むと道場らしき建物に案内された。

 扉を開けると師範らしき存在が、室内中央付近で正座して待ってたようだ。俺を見ると立ち上がり拳と掌を合わせて、軽い会釈をしてくる。


「同じようにしてください」


 中条さんに言われ見よう見まねでポーズを取ってみた。


「師範代の三戸部と言います。本日より向後君の指導をさせていただきます」

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