Epi4 メイドが手でも口でもって

「免許については旦那様とご相談ください」


 寮を出ると母屋へ行き、旦那とやらと顔を合わせることに。

 旦那ってことはあれか、JKの親父ってことか。大旦那ってのはあれだ、JKの爺さんってことだよな。まだどっちも顔を見てないし、旦那の奥さんも知らないし、大旦那の大奥様も知らない。

 母屋に行くとリビングに案内されたみたいだ。

 無駄に広いな。四十畳はありそうだし。折り上げ天井からはシャンデリア。やたら豪華な家具が置かれていて、ソファも巨大だ。体が沈んで座るっていうより、埋もれそうな感じだよな。

 そして、ソファから立ち上がる男性が居る。その傍には昨日の面接官が居た。


「向後君だね。娘たっての希望で君を採用することになったが」


 メイドさんに背中をせっつかれ、まずは会釈をする。頭の位置まで背中から指図されて、深くお辞儀させられてるけど。やっぱあれか、礼儀なのかそれとも身分制度なのか、平身低頭従うのが正しいってことか。


「あまり堅苦しくする必要はない。娘の前では気楽に相手してやってくれ」


 メイドが何やら言ってる。


「旦那様。向後さんは免許を持っていません」

「今どきと言えばいいのか。ならば教習所に通わせてくれ」

「畏まりました」


 教習所に通いながら、研修も同時に行い三か月でお嬢付き。三か月で完璧に仕上げるから、その間は泣きごとの一切を言わず、執事としての心構えを学んで欲しいと。

 旦那さんは忙しいのか、すぐに面接官と一緒にリビングを出て行った。

 でだ、メイドさんとふたり、リビングに。


「言い忘れていましたが、私が教育係の中条と言います。旦那様の苗字はご存知ですよね?」

「えっと、よく知らない」


 軽いため息を吐かれた。


曽我部そかべです。お嬢様は曽我部葉月はづきですから。きちんと覚えておいてください」


 葉月、ね。


「屋敷内ではお嬢様と呼ぶことを推奨します。屋敷外では葉月さん、または葉月ちゃんとお呼びください」

「なんで?」

「外で不用意にお嬢様なんて呼ぶと物騒だからです。誘拐や監禁などリスクは皆無ではありません」


 そういうものなんだ。フィクションだと外でも平気でお嬢様なんて言ってる。あれは分かりやすくしてるだけってことか。


「免許取得後になりますが、高級車は使いません」

「えっと。なんで?」

「同じ理由です。高級車で送迎していたら、お嬢様と宣伝しているのと同義です」

「なるほど」


 旦那はリムジンで移動してるけど、娘は一般人として振舞うってことか。


「体術も習得してもらいます」

「は?」

「いざという時に守るためです」


 体術の訓練は三か月で終わるわけじゃないと。お嬢付きである期間中はずっと、だそうだ。

 三か月程度だと素人に毛が生えた程度。継続して暴漢から身を守れる程度に習得してもらうとか。しんどそうだ。


「そう言えば、俺の前には誰が?」

「他のメイドがふたり専属でした」


 俺が来てお役御免って奴か。なんか悪い気もするけど。


「さて、ここでひとつ、申しておくことがあります」

「なに?」

「タメ口禁止です」

「あ」


 そりゃそうか。この人はメイドとは言え、俺の教育係。年齢も上なら敬語が標準だよな。


「親しみを持って接するのは悪くはありませんが、節度を持っての言動が必要ですので」

「わかりました」

「屋敷外では、お嬢様の前でも畏まる必要はありません」

「なぜです?」


 遜っていたらお嬢だと喧伝していると。ああ、そうか。そういう所まで神経を使うのか。意外と執事ってのは大変そうだ。


 こうして三か月に渡る研修がスタートする。

 研修には座学がある。体術もある。そして教習所。


 今後のスケジュールは。


 朝は六時起床。身支度を整え六時半には、執事としての仕事が始まる。八時に執事とメイドが朝食。九時から十二時までは座学による研修。昼食は午後一時で休憩一時間。午後五時まで実地研修や体術訓練。執事やメイドの夕食は午後八時。以降は自由時間となるが、所用で家人に呼び出されることもあり、就寝までは気を抜かないこと。

 初っ端から三十万の報酬の意味がわかった。朝から晩まで拘束されてるのと同じだからだ。


「夜間は警備会社に委託しているので、しっかり体を休めてください」


 だよな。でも、警備員まで常駐するのか。物々しいな。


「あ、でも俺」

「添い寝ですか? 最初はきついと思いますが、手出し無用ですので耐えてください」

「無理な気もするけど」

「去勢されたければどうぞ」


 やっぱそうなんだ。きっと本気でちょん切るんだろう。


「若いので我慢の限界を迎えるのも早いでしょう」

「そりゃねえ」

「その時は私が処理します」

「は?」


 お嬢に手を出す前に、このメイドさんが処理するとか言ってる。


「それと、言葉」

「あ」

「気さくなのは結構ですが敬語は基本です」


 すぐに馴れ馴れしくなるが、それはお嬢様を相手にする時だけにしろと。お嬢も気さくな雰囲気を望んでいるらしい。敬語で話されると白けるからだそうだ。

 その辺はあれか、妙なプライドとか持たず、気軽さを持ち合わせてるってことだな。


「執事としての職務以外に、ご友人としての立場もありますから」

「友だち居ないんですか?」

「当事者に確認してみてください」


 友人枠? 下僕とか言ってた気もするが。

 それと、当面添い寝の必要は無いらしい。まずは体裁を整えることが先。執事としての所作を身に付け、教養も身に付け。


「忍耐力を養ってもらいます」

「どうやってです?」

「女性を数人」

「はい?」


 入浴時に日替わりで女性を宛がうとか言ってる。もちろん入浴時だから全裸。それで慣れてしまえということらしいが。でもさ、JKと年食った女性じゃ、肌の張りとか違うんじゃね?

 なんて思ってたら。


「下は十八歳、上は三十歳ですので、バラエティに富んでます」


 JKと大差ない十八歳。俺、お嬢付きになる前に死ぬかも。


「私がセーフティー役なので、我慢できない時は遠慮なく申しつけください」

「えっと、それって」

「手でも口でも」


 中条さんだっけ。見た目はいい。服が服だから体型は不明だけど、しなやかな指先はあれだ、きっと心地良いんだろう。じゃねえ。


「えっと、恋人でも風俗でもいいとか言ってたんですが」

「恋人なんて作ってる暇はありません。風俗は病気を持ち込まれかねません。ですので代りに私がお相手するのです。なにか不満でも?」

「いえ。ありません」

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