ショタコンのアラサー独女が合法ショタと付き合った結果……

よこすかなみ

合法ショタとは、ショタのような見た目の成人男性のこと。

 可愛くて、若い男の子が好きだ。


 可愛くて、幼い男の子が好きだと自覚したのは、二十代に入ってからだ──男子高校生が頑張っている漫画やアニメが好きなのは、若い男が好きだからだ、と。


 わたしは、「ショタコン」なんだって。


 同じコンテンツを視聴していても、絶対に友達と推しが被らない。好きなタイプは可愛くて幼くて言うことを聞く子だ。


 周りが年上やおじさまに魅力を感じていく中、わたしは好みが高校時代から一貫して変わらなかった。

 そもそも、幼少期から二十年以上「弟が欲しい」と親に訴えてきた。


 まさか、その願望を自分で叶える日が来るなんて……。


 わたしの彼氏の身長は163cm、体重は約50kg、ぱっちりしたお目目、セットされた黒髪、お洒落な服装。年齢は二十歳。


 すごくない? 二十歳だぜ? すげー可愛い顔して、高校生みたいな見た目して、二十歳って。


 成人式の前撮りで、兄なのに、高校生の弟が新成人だとカメラマンに間違えられたってさ。それくらい可愛い顔してるってわけ。


 端的に言ってルックスが神。顔が良い。何がしたいかと言われれば、万札を彼の靴下にねじ込みたい。本当に可愛い。お金はどうしても受け取ってもらえない。ご飯を奢ることも許されていない。悲しい。


 できたら高校の制服を着て欲しい。それで、わたしの全奢りでデートしたい。

 映画観て、ゲーセン行って、クレープ食べて、カラオケ行って──そんな高校生みたいなデートがしたい。


 彼に提案したこともあったが、

「デートはいいけど、奢るのはダメだよ」

 高校時代の制服で外歩くのはキツい、と年下に優しく諭されてしまった。

 なんでだ、大学生なんてみんな制服ディズニーやってるだろ。許せ。

「今度ね」

 と、誤魔化されてこの話は終わった。


 また、彼の特筆すべき特徴は、その性格──彼は彼女に尽くしまくる、いわゆる犬系男子だったのだ。


 あまりにもポメラニアンみたいなので、「ポメ」というあだ名を付けた。

 初めてポメとふざけて呼んだ時、向こうもふざけて「わん!」と返してきたことがあった。


「ポメラニアンの鳴き声はポメ! だよ」

 と、冗談半分で教えると、彼は一言。

「ポメ!」


 可愛すぎん??


 それからというもの、わたしは彼をポメと呼ぶようになった。そして彼も、自分がポメだと自覚していった。


 電話をかけた際に、ふざけて、

「名を名乗れ!」

 と、呼びかければ、

「……ポメです」

 と、返ってくる。


 いくら欲しいのかな? と聞いては怒られる毎日だ。




 さて、わたしが彼とどういう経緯で出会ったのかを語る前に、わたしのこれまでの人生を軽く説明する必要がある。


 新卒で入った会社でうつ病になり、半年で休職し、退職。二年間を寝て過ごし、大学入試を頑張って得た高学歴も、女としてもっとも大事だと言われている二十代前半も無駄になった。

 

 障害者手帳も手に入れた。三級から二級に上がった。

 優先席に優先される赤いヘルプマークも、お気に入りの鞄に付けている──この前、おばあちゃんに席を譲られたときはなんとも言えない気持ちになった。


 わたしの人生、こんなはずじゃなかったのに。


 ただ幸せになりたかっただけなのに。


 引きこもって過ごした二年間で、自殺未遂もした。

 考えに考えて、わたしは小説家になりたいという小学生からの夢をもう一度追ってみようと決心。

 失敗したら、その時自殺すればいい。


 うつ病を患って、平均よりもはるかに低くなった体力でも通える範囲にある、小説の専門学校に入学した。

 そして、わたしは合法ショタ、もとい、ポメに出会ったのだ──。




 ポメがわたしの人生を変えたと言っても過言ではない。


 わたしに元彼は二人いるが、どちらにも「好き」「可愛い」と一度だって言われたことがない。そのせいで、こと恋愛に関しての自己肯定感はバチクソに低い。


 しかしポメは、毎日「好き」「可愛い」と愛をささやいてくるのだ。


 これが年下犬系彼氏の威力──電話をすれば、切る直前に「大好き」と言ってから切り、ビデオ通話をすれば「可愛い」と連呼してスクショの嵐。


 外を歩けば、車道側はもちろん、エスカレーターは必ず下側を確保。荷物は全部持つ。生理管理アプリや気圧アプリをインストールして、毎日体調を心配するメッセージが届く。一緒に帰ると、わたしの最寄り駅まで送っていく。


「これくらい、普通だよ」と彼は笑う。「俺がやりたいからやってるだけ」と。


 わたしは今まで、親以外からこんなに愛されたことがない。初めての連続で、目眩がした。

 いつも恥ずかしくなって、顔を背けてばかりいるが、それすらもポメは「可愛い」と言う。




 もちろん、楽しいことばかりではない。


 年齢差があるからこその障害だってある──結婚について、だ。


 わたしはまったくと言っていいほど、家事ができない。

 適齢期と呼ばれる年齢の女性なのに、家事ができないなんて、女子力以前に人間力の問題である。


 風呂掃除もしたくない、洗い物はしんでもしたくない、洗濯も嫌い、干すのだって嫌、畳むなんてもってのほか。


 自分がやばいことは自覚している、だからこそ──わたしは結婚を諦めていた。

 

 加えて、わたしは子供が嫌いだ。


 言葉が通じないくせに泣くのが仕事、なんて言われている赤ん坊を育てあげられる気がしないし、大人になるまではクソガキに育つ可能性だって捨てきれない。

 そもそも、妊娠出産に伴うリスクや体調不良が怖いし、嫌だ──つわりって、吐くんだぜ? 味覚がおかしくなるってなんだよ?

 こんなに怖いのに、どうしてみんなそんな簡単に「子供欲しい」なんて言えるんだ?


 世の中、狂ってる。


 出産願望もない、家事もできない、そんな女と結婚したい男なんているわけない──いるとしたら、きっと家事をしてくれるであろうその男性をわたしが養いたい。たくさん稼いで、養う側に回りたい。そう考えていた。


 結婚適齢期のわたしと、二十歳でピッチピチ人生これからのポメとでは、圧倒的に結婚に対する態度が違うのだ。


 だから、わたしはこのお付き合いはいっときの夢だと割り切っていた──一ヶ月、よくて専門学校卒業までの限定彼氏だと。




 その考えを覆されたのは、ある日の電話だった。


「もし、さ、一緒に住んだら、お揃いのマグカップ買おうね」

 などと、ポメがニコニコして言ってきた。

 ──同棲なんて、結婚が遠のくってよく言うじゃないか。ダラダラと一緒に住んで、結局別れるって。


「先に言っておくけど、同棲するなら結婚前提じゃないと、わたし嫌だからね」


 これでポメも大人しく引いてくれるだろう。まだ二十歳の男の子に結婚なんて荷が重い。ビビって、二度と将来に向けた夢みがちなことは言うまい──


「え? いいの?」

「……は?」

「結婚してくれるの?」


 まさか、そんな馬鹿な。

 話を聞けば、ポメはだいぶ前からわたしと結婚したいと考えていたそうだ──まだ付き合って一ヶ月経ってないのに、だ。


「いや、重くて引かれちゃうと思って、言えなくてさ」


 電話越しで、照れ臭そうに彼は笑った。

 わたしは目が点のままだ。


「……結婚って、どういう意味かわかってる? 一生一緒にいるって誓うんだよ? まだ二十歳なのに、他に女の子なんていくらでも……」

「うん、二十歳だから、早く会えて良かった。その分、長くいられるでしょ?」


 ポジティブすぎる。


「……結婚の意味、わかってないでしょ」

「そっちこそ、わかってる? 俺と結婚したら、君は適齢期なんだから、たとえ離婚しても、次の人探すの大変になっちゃうんだよ? だから、俺と二度と離れられなくなるんだよ?」


 一丁前に、脅してくる始末。

 彼には全部話してある──子供が欲しくないことも、家事ができないことも、わたしが障害者手帳を持つほどのうつ病患者であることも。


 それらを全部知った上で、結婚したいだって?


「……覚悟、できてるの? 二十歳のくせに」

 わたしは恐る恐る聞いた。ジョジョ好きの彼は笑った。


「覚悟はいいか? 俺はできてる!」


 ……嘘だろ。


 好みの見た目で、性格も良くて、その上わたしのすべてを受け入れてくれる──こんな男性、二度と会えない。


 わたしは、その提案を受け入れた。




 こうして、ショタコンアラサー女子は合法ショタと出会い、彼と結婚の約束まで交わしてしまったのだった。


 結局、ポメがアラサーになったら、三十代のわたしよりも若い女の子の方が良いって言って、わたしは捨てられるんじゃないか? と話したところ、


「それは君の方だろ? アラサーになった俺はもう若くないんだ。君はショタコンだから、おじさんになった俺じゃなくて、もっと若い男に目移りしたらどうしよう」


 同じ心配をしてて笑ってしまった。言い返せないのが悲しいところだ。


 ちなみに、最近のポメのブームは料理系動画を観ることである──家事のできないわたしに振る舞うために。

 なんでも、甘いものを美味しそうに食べるわたしの顔が好きなんだとか。


 ……わたしは一体、前世でどんな善行をしたのだろう──きっと、仏様でも助けたんだろうな。


 たまに喧嘩──というより、わたしが一方的に怒ったりもするけれど、お付き合いは順調に進んでいる。




 数年前、何度も死のうとした──死にたかったけど、こんな自分が生きてる価値なんてないと、死ななきゃいけないと思っていたけれど、どうしても怖くて死ねなかった、あの頃のわたしへ。


 生きててくれて、ありがとう。


 わたしは今、幸せです。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショタコンのアラサー独女が合法ショタと付き合った結果…… よこすかなみ @45suka73

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ