第5話 ⑦

「わ、一気に静かだね……」


 人気のない食堂は電気が消えていて、温度が校舎より少し低い気がした。学祭が嘘のようにブーン、という自動販売機のかすかな音以外なにも聞こえない。


「さっきのとこ混んでたし、もーここで食っちまおーぜ」


「そうだね」


わたしたちはそれぞれ飲み物を買うと、近くの席に並んで腰かけた。


「舌、大丈夫?」


「うん。まだちょっとピリピリしてるけどへーき」


ぺろりと出してみせた慈炎の舌は、確かに先の方が少し赤くなっていた。でもひどくは無さそうだ。


「よかった……」


 少し冷めたたこ焼きをなんとなく無言で食べる。それも一つしか買わなかったから、すぐになくなってしまう。


あぁ、ふたりきりの時間が終わっちゃう……


「もっと買ってこればよかったね」


「うん。全然足んねー」


子供みたいに困った顔でお腹をさする慈炎がかわいくて笑ってしまう。


「ふふ、戻って何か買いにいこっか」


立ち上がろうとしたわたしの手首を慈炎がやんわり握る。

机に突っ伏して反対を向いているから、慈炎の表情はまったく見えない。


「……もうちょっと、ふたりで話したい、かも……」


「えっ、!?」


「嫌?」


くるんと振り向いて上目遣いで真っ直ぐに見つめられる。


「っううん!やじゃないよ!!」


 慌てて言ったから声がひっくり返ってしまい恥ずかしい。

 すとん、ともう一度椅子に座ると、慈炎が微笑んだ。その笑顔がいつもの無邪気で子供みたいな笑顔とは少し違って、ドキリとしてしまう。


「あー、この体勢でいたら寝ちゃいそー……」


 慈炎が机に突っ伏したまま、猫みたいに目を細めて伸びをする。


「昨日寝るの遅かったの?」


「うん。今日楽しみすぎて寝れなかった。昨日から鹿目に許し貰って、雨留とふたりで回れるって思うと、嬉しくて……」


慈炎もわたしと2人で回れること、嬉しかったんだ……。

すごく、嬉しい……。


告白はしないって決めた。でも、嬉しいって伝えるくらいは、いいかな。


 わたしがあれこれ考えて言葉を返せずにいると、慈炎がテーブルに置いていたわたしの手に、少し冷えた手を重ねる。


「雨留、帰んなよ……」


ぎゅ、と重ねた慈炎の手に力が籠る。



 そのとき


「こら!ここは今日は使用禁止だぞ!」


 体育の小川先生の太い声が食堂に響く。

わたしはその声にビックリして竦んでしまったけど、慈炎はわたしの握っていた手をしっかりと繋ぎ直すと、たこ焼きのゴミと2人分のペットボトルを持って駆け出した。


「すいませんっしたー!!」


「あ、わ!待って!!」


 先生の横を通り過ぎる時にペコリと頭を下げると、わたしたちは手を繋いだまま全速力で駆け出した。



 そのあとは、さっきのことが無かったみたいに慈炎は終始笑顔で学祭を楽しんでいた。わたしはそれを少し寂しく感じつつも、あのときどう応えれば良かったのか未だに分からないから、ホッとしていた。

 ただ、慈炎と繋いでいた手が、いつまでも熱を持って熱かった。



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