第5話 ⑥


 いつもより少し近い、歩くと肩がトンと触れる距離は、慈炎の体温を嫌でも意識してしまう。ボーっと歩いていると、グイっと腕を引かれてよろけたわたしを慈炎が支えてくれる。


「わっ!!」


「雨留、前危ない」


はっと前を見ると大きな段ボールを抱えた人が、人込みでいつもより狭くなった廊下を前から走ってきていた。


「あ、ありがとう」


わぁ、慈炎の手がわたしの腕に触れてる……!!


「疲れた?」


 自然に離された手が寂しくて、優しい笑顔がかっこよくて、好きを我慢するのはこんなに難しいんだと知る。好きって言葉が喉まで出かかって、慌てて引っ込めた。


「ううん。お腹空いちゃった。何か食べにいこう」


「はは、雨留もすっかり人間だな」


「そだね。なんか三食食べるのが当たり前になっちゃったから。

天界帰ったら物足りなくなっちゃいそう」


「……うん」


少し眉を下げて、笑ってるけど寂しそうな顔。そんな顔、しないでほしい。帰りたくなくなっちゃうよ……


「あ、わたし、たこ焼き食べたい!慈炎、食べに行こ!!」


 わたしは寂しい話題を振り切るように笑顔を作った。わたしの笑顔につられたように慈炎も笑う。


「お、いいな。行こーぜ」


「うん!」


「そういえば、最近『ぼんた』行ってねーなぁ」


「また行きたいね。あのおばあちゃん元気かな……」


「今日帰り行くか」


「え?今からたこやき食べるのに??」


「あ、そっか。ま、オレは全然いけるけど」


「わたしも」


「あとで鹿目誘ってみるか」


「うん、今日のお夕飯はたこやきだね」


「おう」


 他にも色々食べたいからと、たこ焼きを一パックだけ買ってイートスペースの空いた席に向かい合わせで座る。

出来たてのたこ焼きは、鰹節がフワフワと泳いでいてすごく美味しそうだった。


「ちょうど焼きたてでラッキーだったな」


「うん!いただきま……!!」


コツン!


幅の狭いテーブルで向かい合わせで座ってたから、食べようとしたときに、コツンとお互いの頭がぶつかってしまう。

ぅわぁ、顔近いっ!!


「あ、ごめ……」


「オへもわりっ!っあっち!!」


慌てて顔を離したから、すでにたこ焼きを口の中に入れてしまっていた慈炎は、喋った拍子に熱々のたこ焼きを思い切り噛んでしまったようだ。


「大丈夫!?」


「ん、ベロ火傷した……」


「わたし、冷たいお茶買ってくるよ!って、飲み物屋さん混んでるな……」


近くの飲み物を売っている店は、長蛇の列ができていた。


「雨留、食い終わってからで大丈夫だから」


「や、初めて食べた時わたしもなったから痛いのよく知ってるもん!

あ、食堂に自販機あったよね。わたしひとっ走り行ってくる!」


「あ!待って雨留!オレも行く!」


「大丈夫!すぐ戻る……」


「や、オレが雨留と離れたくないから!!」


わたしが話終わる前に慈炎が言葉を重ねて喋る。


「今日は雨留とずっと一緒にいたい、か、ら……」


慈炎の顔がみるみる赤くなっていく。それにつられるようにわたしの顔も熱を帯びる。


「え?あ、う、は、い……。じゃ、一緒に行こっか……」


つっかえまくりながらなんとか返事をすると、わたしたちは食堂の方へ歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る