第5章 ⑤

 店番が終わり、わたしは待ち合わせの空き教室で、ゴミを捨てに行った慈炎を待っていた。

 日和ちゃんは、お店が空いた隙に慈炎に誘われたことを伝えると、「わたしは他の子と回るから、雨留は絶対行ってきて!!あとでどうだったかちゃんと報告しろよー!」っと背中を押してくれた。

 これから慈炎とどうなる訳でもないけど、天界に帰る前の思い出作りだと思って、今日は考えすぎずに楽しもう。


なんか、緊張するな……


 普段家で二人になることなんて珍しくないのに、学校で二人だけなんてないから落ち着かない。ちょっとトイレに鏡見に行こうと教室を出たところで「水神さん!」と呼び止められる。


「あ、笹本くん……」


笹本くんは同じクラスの男の子で、わたしはあまり話したことはないけど慈炎とはすごく仲が良かったはずだ。


「一人?よかったら一緒にまわらない?」


「あ……」


 約束があるからと断ろうとした瞬間、ぐいっと後ろから手を引かれる。


「悪り、笹本、雨留はオレと約束してっから!!」


笹本くんが何か言う前に、慈炎がわたしを引っ張って歩き出す。


「あ、笹本くんごめんね!!」


わたしが振り返ると、笹本くんがちょっと困ったような笑顔で手を振っていた。




 いつもより早く歩く慈炎はこちらをちっとも振り返らない。

もしかして怒ってる……?


「慈炎?」


不安になり名前を読んでみる。すると慈炎がはっとしたように立ち止まり振り返る。


「あ……、悪り」


掴まれていた手が離れて手首がひやりと外気に触れる。


「今日はふたりで回りたかったから……」


 照れたように目を逸らして、ガシガシと慈炎がうしろ頭を乱暴にかく。

理由は分からないけど嬉しい。なんでって聞きたくなってしまうけど、なんか聞けないな……


「鹿目は?」


「ん、かなり渋られたけど、頼み込んでこの時間だけ2人で回るの許してもらった」


「あはは、目に浮かぶよ」


笑ったわたしをすごく優しい顔で慈炎が見下ろすから、わたしは思わず目を少し逸らしてしまう。


「帽子、脱いだんだな」


そう言われて教室に帽子を忘れたことに気づく。


「あ、教室に置いてきちゃった……」


「取りに行く?」


教室に取りに行っちゃうと、回る時間が少し減ってしまう。


「ううん、被るとつばが大きすぎて視界が悪いからいいや。あとで取りに行く」


「そか。オレも雨留の顔がよく見えてそのほうがいいや」


「!!」


 他意はないんだよね……。いちいちドキドキする発言をする慈炎に、わたしは困ってますます顔を直視できなくなってしまった。

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