第5話 ①

 夏休みはあっという間に終わりを迎え、朝晩は長袖一枚では少し肌寒いぐらいになっていた。

 わたしは一つの決心をして、慈炎と鹿目を居間に呼び出した。


「どーした?改まって」


 初めてこの家に来たときと同じ位置に座って、わたしたちは向かい合った。緊張で喉が張り付く。わたしは鹿目が淹れてくれたお茶をひと口啜った。


「あのね。わたし、天界に帰ろうと思うんだ」


「え……」


慈炎が驚いて目を見開く。


「……ここに呼ばれたときから、そうじゃないかと思っていました」


 いつも通りの冷静な鹿目に少し勇気をもらって、わたしは最近考えていたことをポツ、ポツと話しだす。


「夏にお兄さまが来たでしょ?そのときに言われたの。ここにいても水神として何をすべきかは分からないって。わたしがしてしまった過去の過ちと同じように、近くで見ていたらダメなんだって」


 もしかしたらここにいても、何か気づくことがあるかもしれない。諦め切れず、わたしはあの後いろんな場所に赴いてみた。

海や池、川の土地神の元を訪れてみたり、水道局やダム、水神を祀る神社、水に関係するところを思いつく限り行ってみた。

でも、ダメだった。

わたしにできることは、なかった。

わたしがここにいる理由がなくなってしまった。


「最近、色々出掛けてたでしょ?学校だけじゃ分からないかもしれないと思って水にまつわるところ、片っ端から行ってみたの……。でも、結局分からなかった。わたしに出来ること……」


「え?じゃあなんで親父さんは雨留を下界に来させたんだ?」


慈炎が当たり前の疑問を口にする。


「お父さまは、引きこもっていたわたしをどうにか外に出したかったんだって……」


「そう、か……」


 なんで慈炎はそんな寂しそうな顔するの?

ただ、友達と会えなくなるから?それとも……。

 訳を知りたくなる。やっぱりどう足掻いたって、違うと否定してみたって、わたしは慈炎が好き。

 でも、わたしたちはいずれ一緒にはいられなくなる。だから、この気持ちには蓋をして、告げずに天界に帰るって決めた。


「いつ、帰るんですか?」


「あのね、これはわたしの我儘なんだけど、わたし、ここでの生活がすごく楽しくて仕方ないの。それに、ここに来て、慈炎や鹿目に助けられながらだけど、弱虫な自分が少しだけ変われた気がするんだ。

だから、最後の思い出に、この高校1年か終わるまでここにいてもいいかな?」


「っもちろん!!」


慈炎が身を乗り出して答えてくれる。


「実はわたしたちも一年を終えたら別の場所に移動する予定だったので、ちょうどよいかもしれません。もう少ししたら、雨留様にもこのことを伝え、一緒に行くか、ここに残るか打診をせねばと思っていたので」


「そうだったんでね……」


鹿目が言っていた別れっていうのは、地獄に帰ることだけじゃなくて、こういうことも含まれていたんだ……。


「俺たちは人間を知るために来たかんな。限られた時間の中で、いろいろな場所に移って、人を見ることが今回の目的なんだ。

まぁ、今年度いっぱいいれるなら、まだしばらくあるもんな。めいっぱい楽しもうぜ」


「うん。慈炎、それに鹿目も、ありがとう」


 にかりといつもみたいに慈炎が笑う。この笑顔が見れなくなると思うと胸がちくちくと痛むけど、別れのときまで、ここでの生活を精いっぱい楽しんもう。そうすればきっと、わたしは慈炎への気持ちもいい思い出にして天界に帰れる。

 わたしは決心が揺らがないように、何度もそう自分に言い聞かせた。

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