第4話 ⑦


 居間には、お兄さまとわたし、そして濡れた服を着替えた慈炎が座っていた。鹿目は壁際に立って、不機嫌そうにお兄さまを睨みつけている。


「二人とも済まなかった。まさか雨留を助けてくれた恩人だとはつゆ知らず……。あの水着という服は、無理やり着せられたものではなかったのだな……」


正座して、お兄さまがしゅんと頭を垂れる。


「はは、雨留のにーちゃん、もういいよ。

雨留を心配して来たんだろ」


慈炎は気にする風もなく、いつもの笑顔で笑う。


「水着は友達と見に行って選んでもらったやつで、慈炎や鹿目は関係ないんだよ!!」


「そうか。それにしても、う、雨留に友達……。あんな、引きこもってた雨留が……。

父上が下界に雨留を行かせたときは何故と思ったが、ちゃんと意味があったのだな……」


ドバっとお兄さまの目から涙が溢れる。


あ、始まった……


「あーもー、わかったよ。泣かないでお兄さま」


 どどど、と涙を零し嗚咽をもらすお兄さまの背中をさする。

 お兄さまは昔からそうだ。普段は穏やかなのに、わたしやほかの兄弟ががいじめられているのを見たりすると、今日みたいに人格が変わってしまう。

それに、わたしがはじめて神力を使えた日も、今みたいに泣いて喜んでくれたっけ。


 昔のことを思い出して、自然、笑顔になる。


「雨留、久しぶりの再会で積もる話もたくさんあるだろ。

オレらは部屋に戻るから。

雨留のにーちゃん。よかったらもう遅いから今日は泊ってけよ。

鹿目、この部屋に客用布団を一組頼む」


鹿目は不機嫌な表情を隠しもせず、お兄さまをひと睨みする。


「いや、わたしがいては彼の気が休まらないだろうし、今日中にお暇するよ。

騒がせて済まなかったね」


お兄さまは眉を下げて鹿目に笑いかけるが、鹿目はふいっと目を逸らしてしまう。


「あんな態度ですまねー。あいつはオレのこととなると、ほんと見境なくなるから……」


「いや、誤解とはいえ、わたしが悪かったのだ。

それに彼は素晴らしい護衛だね。先ほどの太刀筋も素晴らしかったし、今もいつでもすぐ動いて君を守れるように余念がない」


「そうなんだ。鹿目はオレの最高の護衛なんだ」


「慈炎さま、やめてください……」


2人にべた褒めされて、鹿目が居心地悪そうに身をよじる。


「ふふ、それはそうと、雨留と少し二人で話したいことがあるんだ。

ふたりには外してもらっていいかな。

いや、時間はかからない」


「ああ、もちろんだ。いこーぜ鹿目」


「はい」


ふたりが居間を出ていくと、急に部屋が静寂に包まれる。


「いきなり来てすまなかったね、雨留」


「ううん。びっくりしたけど、久しぶりに会えて嬉しい」


私の言葉にお兄さまはニコリと笑い、しかしすぐに真剣な顔に戻る。


「……雨留、力が戻ったんだね」


そうだ!わたし、咄嗟に力を使ってしまったんだ!!


でも、いつまでも、逃げてちゃダメだ……。


「お兄さま!わたし———」


わたしは引きこもった理由や、力が使えなくなったのは嘘だったということ、謝罪のために慈炎とお墓まで会いに行ったことなど、すべてを洗いざらい話すことにした。

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