第4話 ⑥

 急にぬるい空気が、少し冷えた気がした。

そして月が闇夜に消える。


「え……?」


雲一つなかったはずなのにと不思議に思い目を凝らすと、段々と大きな何かがこちらに近づいてくる。


「雨留っ!!」


ぽかんと上を見上げていたわたしに、慈炎がばっと覆いかぶさる。

ぎゅっと抱きしめられると、ドキドキする間もなく、ざばぁ!!!と大量の水が降りかかった。

わたしは慈炎に守られて少し水滴がかかったくらいだが、慈炎は大量に水を浴びてしまった。


「慈炎!!大丈夫!?」


「うん、平気、ちょっと濡れただけだから。

でも、なんかこれ、デジャブ……」


犬みたいに顔をふり水滴を払うと、慈炎がゆっくりと顔を上げる。


「え?」


「雨留が落ちてきたとき……」


慈炎が言い終わる前に、ゴゴゴ……とすごい勢いで水柱がせり上がってくる。


「妹に触れるな」


この声は……


水柱がザバリと割れて、腰に届くほどの長い白い髪、深い青い瞳の男が現れる。


雨衒うげんお兄さま!!」


雨衒お兄さまは氷のように冷たい目で私たちを見下ろして、手の平をかざす。すると、慈炎目掛けて、ビュッといく筋もの水が矢のように飛んできた。


「ぅわっ!!」


それを顔や体に何発も受け、慈炎が後ろに吹き飛ぶ。


「慈炎っ!!」


わたしは慌てて慈炎のもとへ掛けつけ声をかけるが、慈炎は倒れたときに頭を打ったのか、「う……」と呻いただけで返事はない。


どうしよう……


「雨留さま!」


物音を聞きつけ、屋根に上がってきた鹿目がこちらに駆けてくる。


「鹿目!!慈炎が!!」


倒れた慈炎を見て、鹿目の目の色が変わる。

しゃがんで慈炎の様子を伺うと、ひとつ息を吐いた。


「気絶しているだけです。

雨留さま、慈炎さまのこと頼みます」


鹿目は立ち上がり雨衒お兄さまを睨みつけた。鹿目の手元の空間がバリバリと割れて、ギザギザの、動物の牙を思わせる棘が付いた、大きな黒い金棒が現れる。

鹿目はお兄さまと戦う気だ。

でも、お兄さまは天界でも有名な軍神。

いくら鹿目でも、戦ったらただでは済まないかもしれない。


「お兄さま!やめて!なんでこんなこと……!!」


「雨留、兄さまが助けに来たからにはもう大丈夫だぞ!」


「え??」


助け……て、何か勘違いしている!?


「待って違うの!!この人たちはわたしを助けて……」


慌てて前に出たわたしに目もくれずに、お兄さまがスラリと剣を抜く。


「そう言わされているんだろう!あんないやらしい服を着させられてっっ!!とにかく!雨留は下がって待っていろ!」


いやらしい服って何!?


「違うってば!!お兄さま!!!」


お兄さまがすごい勢いで鹿目に迫る。

巻き込んだ風がビュウっと鳴り、鹿目の金棒とお兄さまの剣が激しくぶつかり火花が散った。

お兄さまは勘違いで、鹿目は慈炎を守るために頭に血が上っていて、私の声は全然聞こえていない。その間にも、ふたりは激しくぶつかり合う。

鹿目の頬をお兄さまの剣が掠めて、一筋赤い血が舞った。


だめ……止めなきゃ……


「や、やめて……」


ぶわりと自分の神力で髪や服がなびく。体に力が溜まっていくの感じる。


「やめてってば!!!!!」


わたしは叫ぶと、感情のままに力を放出した。

ゴゴゴ、と手から溢れ出した水が、濁流になって二人を押し流す。

そのとき後ろから腕を掴まれる。


「雨留、もういい!!」


いつの間にか起きた慈炎の言葉で、わたしははっと我に返る。


「あ……」


下を見ると、庭には土が吸収しきれず水が溢れていて、その中に尻もちをついたお兄さまと、鹿目がいた。

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