第4話 ⑤
夏の夜。湿気った風が肌をゆるく撫でていく。
わたしは家の青い瓦屋根の上に上がり、夜空を眺めていた。今日はぽってりとした、まん丸なお月様が空に浮かんでいて、夜でもとても明るい。
私はいつまでここにいられるんだろう……
プールの帰り道にはっきりと意識したいつかの別れは、今も刻々と近づいている。
慈炎たちは地獄へ、わたしは天界へ、千咲ちゃんや日和ちゃんはここでの生活があって……。
嫌、だな……
立てた膝の上に頭を預けたとき「雨留」と呼ぶ声がどこかから聞こえ、顔を上げて辺りを見回す。
「こっち」
声のした方に目を向けると窓から慈炎がこちらを見上げていた。
「慈炎……」
「今上がるからちょっと待ってて」
そう言うと、窓の淵に足を掛けて慈炎が屋根に登ってくる。
「いないからどこ行ったかと思った」
「あ、何か用だった?」
「いや、用、というか……」
いないから探してくれた?
嬉しい……
慈炎といると、いつも心がキュウとなる。でも、この気持ちに名前を付けたら余計にいつか来る別れが辛くなるだけだ。私は無理矢理自分の気持ちに蓋をする。
慈炎はわたしの気持ちを知るはずもなく、月を見上げている。
「今日、月まん丸だなぁ。明る……」
「ね、キレイだよね」
少し目を細めて月を見上げる横顔がカッコよくて、つい見つめてしまう。
「月、見てたのか?」
くるん、と急に慈炎がこちらを向くから、ずっと見ていたのがバレちゃいそうで、つい目を逸らしてしまう。
ああ、絶対変に思われたよね。
もっと普通にしたいんだけどな……。
「ちょっと、考え事してた……」
別れが寂しいなんて言ったら、慈炎はどう思うんだろう。困っちゃう、かな……?
なんとなく言えなくて、結局言葉を濁してしまう。
「そか」
慈炎はそれだけ言うと、ウーンと伸びをして、人1人分座れる間隔を開けてわたしの横に腰掛けた。
この間隔が、少し寂しい。
わたしは気づかれないように、ほんの少しだけ慈炎の方に近づいて座り直した。
「あの、さ、雨留」
「ん?」
「こないだは、ゴメン!」
何のことか分からなくて、キョトンとしてしまう。
「なんだっけ?」
慈炎が不思議そうにわたしを見る。
「あれ?怒ってんじゃねーの?」
「ううん、全然怒ってないよ」
慈炎はしばらくわたしの目を覗き込むと、はーぁ、と深いため息をついた。
「よかったー……。なんか、嫌われたかと思った」
もしかして、わたしが意識しちゃって、うまく目を合わせれなかったり、ぎこちなくなっちゃったりしてたから……?
「プールでさ、他の男に水着姿見せたくないから上着着てとか、か、カワイイとか言っちゃったから……。別に恋人でもないくせに、オレ、キモいわって、思って……」
「そ、そんなことない!キモくないよ!
カワイイって言われて、嬉しかったし……。
私こそ態度悪くてゴメン!
慈炎のこと嫌いなんかじゃないっ!
大好きだよ!!」
勢いで言っちゃって自分でもビックリしてしまう。慈炎のキョトンとした顔とバッチリ目があって、顔がカァァと熱くなる。
それに合わせるように、慈炎の顔も赤く染まる。
「あ、あの!と、友達…、そう!友達として!!」
「あ、そっか!そうだよな!!」
頭をガシガシとかいて、慈炎が笑う。
うう、この笑顔、好きすぎるよ。
友達って言ったことを後悔してしまいそうだ……。
慈炎のこと、男の子として好きだって言ったら、わたしたちはどうなるんだろう……。
月を見上げる慈炎の横顔を盗み見ながら、わたしはこれから起こることを知りもせず、ただ呑気にそんなことを考えていた。
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