第4話 ④
「はい彼女さん!もっと彼氏さんの方にもたれて!」
水が流れる滑り台。
前の人が凄い速さで見えなくなったのを目の当たりにして怖気付いたわたしは、彼氏彼女と呼ばれていることも、慈炎の裸の胸にもたれていることも忘れるくらい、パニックになっていた。
「慈炎!どうしよ!お、落ちちゃう……!」
涙目で振り返ると、慈炎が苦笑する。
「大丈夫だって。
こんだけもたれてたら、ぜってー落ちないから」
「わたしのこと、ちゃんと持っててね!!」
「うん。わかってる」
慈炎はわたしのお腹に回った腕にぎゅっと力を込めた。
わたしは目をつぶり、浮き輪の取っ手をぎゅっと掴む。
「じゃあ行きますよー!」
スタッフの合図で浮き輪がものすごいスピードで滑り始める。
「っきゃーーーーーあぁぁぁぁ!!!」
わたしの大絶叫と共に、浮き輪はチューブの中に吸い込まれていった。
先に滑り終わっていた4人に大爆笑されながら、わたしたちは食堂へと向かっていた。
「まさか雨留があんなにヘタレだったとは」
「叫び声めっちゃ聞こえてたよ!」
「は、恥ずかしいからもう言わないで……」
に、人間ってすごいな……
あんなのが楽しいなんて……
みんなは先に食べ物を買いに行ったが、わたしはまだ食べる気になれず食堂の椅子にへたりこんだ。
「大丈夫か?」
こと、と慈炎がわたしの前に水を置いてくれる。
「あ、慈炎!
うん、ありがとう。
さっきはごめんね。
ちゃんと持ってて、とか耳元で叫んだり、とか……」
「全然いいよ。
けっこー役得だったし……、や、なんでもない!
オレもメシ買ってくるわ!
雨留もなんかいる?」
「まだ、だい、じょうぶ。」
慈炎は「そっか」とだけ言うと、慌てたようにみんなの方へ駆けていった。
役得って、なんで?
それに、慈炎、どことなく顔赤かった……?
少しは意識してくれたのかなと嬉しくなってしまう。
や、でも違ったら失礼だし、自意識過剰で恥ずかしい……。
わたしは自分も赤くなってしまった顔を冷ますように、慈炎が持ってきてくれた冷たい紙コップを頬に当てた。
楽しい時間はあっと言う間で、夜ご飯もみんなで食べて、その日は解散になった。
駅から3人になった帰り道。
ゆっくりと家までの道を歩く。
「楽しかったなー。
オレ、あんなでっけープール、初めて入った」
「わたしも!
流れるのとか、海みたいな波のとか、色々あるんだね!」
「いい思い出が、できましたね」
あ、鹿目がちょっと微笑んでる。
無表情でわかりにくい鹿目だけど、今日は楽しかった、のかな?
何度か聞いてみたかったことが、頭の中にまた浮かぶ。
「あのさ、鹿目。
日和ちゃんのことって、どう思う?」
「え?今井さんですか?」
あ、やっぱちょっと急すぎたかな……
不思議そうな顔をした鹿目に、日和ちゃんの気持ちがバレてしまわないかドキドキしてくる。
「可愛い、方だと思いますけど……」
いつもの淡々とした表情で鹿目が呟く。
「いつかはお別れしなくてはいけない方なので、深入りしないように、とは思っています」
お別れ……。
そうだ。慈炎たちはいつか地獄へ帰ってしまう。
わたしも天界へ……?
そうなったら、千咲ちゃんや、日和ちゃん、それに慈炎や鹿目にも、もう会えなくなってしまうのだ。
いつかお別れの時が来る。
そんな当たり前のことにわたしは気づいていなかった。
いや、見ようとしていなかっただけかもしれない。
なんだか家へと続く道が、急に別れへの道に思えて、足取りが重くなる。
まだ、終わらないで……
わたしはそう思いながら、街灯が頼りなく揺れるこの道を歩いた。
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