第3話 ⑧
気が付くと両目から涙が溢れていた。
ふたりの過去は壮絶すぎて、言葉も出てこない。
ぼたぼたと流れる涙を慈炎の指がそっと拭ってくれる。
「こんな泣かせるつもりじゃなかったんだけど……」
「ごめ、悲しくて、涙、止まんな……」
「はは。
泣き虫な神様だな。
雨留は……」
苦笑しながらも、自分の指だけでは拭いきれないと悟り、慈炎が居間にあったティッシュを持ってきてくれる。
お礼を言って、わたしはそれで思い切り鼻をかんだ。
「ま、それ以来だ。
鹿目がオレから片時も離れなくなったのは。
鹿目のせいじゃない。
オレの油断だって言っても鹿目には届かない。
あいつはずっとこの過去に囚われたままなんだ。
だから、オレはいつか鹿目をオレから解放してやりたいと思ってる。
自分のために生きてほしいから。
そのためにも、オレは立派な閻魔になんなきゃなんねーんだ。
鹿目が心配する隙もないくらいのな」
そう言って慈炎が笑ってみせる。
ああ、この人は閻魔として、きっと今までひとり泣かずに踏ん張ってきたんだ。
優しくて、強い人だから……
仲良しだったお兄さんが亡くなって悲しくない訳がない。
殺されかけて怖くない筈がない。
一番の親友の苦しみが自分のせいだと責め続けるこの人は、いつも笑っている裏でどれほどの悲しみを背負っているのだろう。
わたしは寂しそうに笑う慈炎を思わずぎゅっと抱きしめた。
「慈炎、悲しいときは、泣いていいんだよ……?」
慈炎は一瞬身を強張らせたが、ふっと力をぬくとわたしの肩にそっと頭を預けた。
「オレは閻魔だからな。
泣けねーんだ」
「じゃあ、今だけ閻魔じゃなくなって!
わたしも見ないから……。
今だけでいいからちゃんと泣いて!!」
わたしは胸が苦しくて、慈炎にしがみついて子供みたいにわんわん泣き出してしまう。
「雨留……」
戸惑ったように慈炎がわたしの名を呟く。
そして遠慮がちにわたしの背に腕を回すと、肩口に顔を埋めた。
わたしの頬が、肩が熱い涙で濡れていく。
それがわたしのか、慈炎のかは分からないけれど、慈炎の温もりを感じながら、わたしはこの人が泣ける場所になりたいとそう強く思った。
どれくらい泣いただろう……。
泣きすぎて頭がボーっとして肺が少し痛い。
抱きしめていた手を離そうかと思ったけど、慈炎の涙を見てはいけないと思いなおし、抱きしめたまま耳元で囁く。
「慈炎が今日、わたしをいつでも笑顔にしてくれるって言ってくれて、すごく嬉しかった。
だから、わたしは慈炎をいつでも閻魔じゃなくしてあげる。
そうしたら、慈炎は泣きたいときにいつでも泣けるでしょ?」
掠れていて、それはすごく頼りない声だったけど、抱き合う二人には十分だった。
「……ありがとう」
慈炎が小さな声で答え、回した腕に力を込める。
わたしたちはそれ以上しゃべらず、縁側で濡れた頬が乾くまでずっと抱き合っていた。
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