第4話 ①


 抱き合った夜。


腕を解いて慈炎の赤い目と目を見合わすと、一気に現実が迫ってきた。


わ、わたし何やってんだろう!!!

いきなり抱きついて、しかも号泣して……!!

慈炎の体も、手も、ゴツゴツして大きかった……。

っじゃなくて!!!


違う違う!

ただ、慈炎の寂しそうな笑顔をどうにかしたくて必死だっただけで。


は、恥ずかしい!!


慌てて赤く染まっ顔を逸らす。


「あ、あ……、えっと、ご、ごめんね。

急に、その……、抱きついちゃって」


ちらりと盗み見ると、いつも笑顔で飄々としている慈炎の顔も赤く染まっていた。


「や、オ、オレも……。

……っ」


手の甲で口元を隠し、慈炎がバッと立ち上がる。


「じゃ、じゃあオレ、風呂入ってくる、から!!」


「う、うん!」


ドカっ!


「ってぇ!!」


居間のテーブルで足の指を強打して慈炎がうずくまる。


「だ、大丈夫??」


駆け寄ろうとしたわたしを手で制して、「へーき、ぜんぜん!!」と立ち上がると、慈炎は全然大丈夫そうじゃない足を庇いながら、ひょこひょこと居間を出ていった。


 縁側に取り残されたわたしは、泣いてぼろぼろになった顔で、しばらく呆然と立ち尽くしたのだった。




「……がみ!おい!水神みずがみ!」


「は、はい!」


「どうしたボーッとして。

早くこの問題、前に出て解けよ」


わっ!ヤバい!

授業中だった!!


「は、はい!」


わたしは椅子から立ち上がり、慌てて前に出た。





「雨留が授業中ボーッとするなんて珍しいね」


 お昼休み。

いつもの屋上で千咲ちゃんが卵焼きをもぐもぐしながらわたしを見る。


「千咲だったらいつも通りだけどねー」


「ちょっとそこ!人のこと言えないでしょ!」


ニヤニヤ笑いながら言う日和に、千咲が半眼になって言い返す。


「でも、確かにいつも真面目に授業聞いてるのに。

なんかあった??」


「なんか、考え事しちゃってた」


あの日から、気がつくと何度も思い出して顔が熱くなる。


「ちょ、雨留、顔赤い!

なになに!?なにがあったの??」


2人が興味津々な顔で、ずずいっと顔を近づけてくる。


「な、何もない!何も!!」


あの日のことは2人にどう説明していいか全くわからないし、慈炎のことも絶対に言えない。

わたしは必死にごまかして、エビフライを口に詰め込んだ。


「あやしいぃ!」


「てか雨留って慈炎くんと鹿目くんと一緒に住んでんだよね??」


慈炎の名前が出ただけで、心臓がドクンと跳ねる。


「いいなぁ。

あんなイケメンと一緒に住めて……」


え!?慈炎ってやっぱりイケメンなの??

他にも慈炎をカッコイイって思ってる女の子って多いのかな……。

たしかに男の子だけじゃなくて、女の子ともよくしゃべってるし……。

優しいし……。


なんだか胸にモヤモヤしたものが広がる。


「鹿目くん??

なにー?日和、鹿目くんのこと好きなの??

確かにイケメン。

でも無表情すぎない??」


「そこがいいんだよ。

たまーに笑うときがあるんだけど、その笑顔がたまらんの!!」


あ、なんだ鹿目か……。


「雨留、なにホッとした顔してんのよー!

もしかして雨留、慈炎くんのこと好きとか??」


千咲ちゃんは、きっとちょっとからかっただけだったのだろう。

でもわたしはあからさまに真っ赤になってしまう。


「あ、マジで……?」


「え!?ちが……」


「えー、いいじゃん!

幼馴染に片思い、しかも一緒に住んでるとか、漫画みたいだよね!」


「や、まだ好きかは分かんないんだよ!

ただ、優しくて、いいなって、だけで……」


「「ふーん」」


ふたりににんまり笑いながら見られて居たたまれなくなり、わたしはごまかすようにデザートのイチゴにかぶりついた。


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