第3話 ⑥


「慈炎さま!!一言も何も言わず、今までいったいどこに行ってらしたんですか!!?」


食卓テーブルを挟んで腰掛け、わたしと慈炎はすごい形相で仁王立ちで立つ鹿目と向かい合っていた。

いつもはきれいに整っている柔らかな紫色の髪も、今日は主である慈炎を探し走り回ったために、汗ばみ乱れている。


「あのね、鹿目!

慈炎はわたしに付き合ってくれて……」


「雨留さまは黙っていてください!!」


「はっ、はいっ!」


吊り上げた目でピシャリと言われ、わたしは黙るしかなくなってしまう。


 鹿目は慈炎をいつも過剰なほどに心配する。

学校でも行き帰りは必ず一緒、休み時間などもほとんど目を離すことがない。

慈炎は閻魔の跡取りで一人息子、とは言え立派な男性だ。

顔つきだって、どちらかと言えば話しかけるのさえ躊躇われるほどの強面。

だから、わたしは鹿目の行動がいつも不思議で仕方がない。

でもそんな鹿目に慈炎は一切文句を言わない。

性格的にハイハイとか適当な返事をして聞き流しそうなのに、文句も言わず従っている。

今もシュンと頭を垂れて、言い訳もせず短くこう言った。


「すまねぇ、鹿目。

次からは絶対しねぇ……」


「はい。是非そうしてください」


まだムスっとしているものの、鹿目はため息を一つつき、わたしたちに温かいお茶を出してくれた。

晩ごはんの準備のために冷蔵庫に向かう鹿目を見ながらわたしはお茶を一口飲んでホッと息をついた。




 晩ごはんのあと、お風呂に入り涼むためにまた縁側へ行くと、また慈炎がいた。

ただし今度は胡座を掻きながら、ボーッと庭を見ている。


「慈炎。

お風呂先ありがとう」


返事はない。

ポン、と肩を叩くと、慈炎がびくりと肩をすくませ振り返る。


「わっ!と、あ、雨留か。わり。

ボーッとしてた。何?」


こんなにボーっとしている慈炎は珍しいな。


「お風呂空いたよ。

お待たせ」


「ん、ちゃんと温まってきたか?

今日、疲れただろ?」


あ、今度はいつもの慈炎だ。


「うん。しっかり温まってきたよ。

ありがとう。

それで、ね……」


わたしのせいで鹿目を怒らせてしまったことを、まだちゃんと謝れてなかったことがずっと気になっていた。


「ん?」


慈炎がわたしを見上げる。


「今日、ゴメンね。

わたしのせいで」


「お前のせいじゃねぇよ。

オレがよく考えもせず行こうって言ったんだ。

なんかお前の力になりたいって思ったら、勝手に動いてた」


わたしのため……


胸がきゅうとなる。

にかと笑う慈炎を見つめると、よくわからない感情が溢れて、戸惑う。

慈炎がくれる言葉はいつもわたしの胸を騒がせる。


「あ、ありがとう……」


「今日、何回言うんだよ。

でも、謝られるよりそっちのほうがいいな」


苦笑しながら慈炎が少し横によって、わたしの座る場所を空けてくれる。


ありがとうと言って横に腰掛ける。

少し空いた窓から柔らかな光を放つ三日月が見えた。


「鹿目がいつもなんであんな心配するか、不思議だろ?」


思いを見透かされたようでドキリとしたが、わたしは素直にうなずいた。


「うん。

ここは平和だし、なんであんなに心配するんだろうって、ちょっと思ってた」


「うん。

過去の出来事が、鹿目をああいう風に変えちまったんだ……」


どこか寂しそうな微笑を浮かべながら慈炎が話してくれたのは、悲しいふたりの昔の話だった。



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