第3話 ⑤


 わたしはしばらく涙を止めることができなかった。


「幸せだったってよ……」


慈炎がそう言ってわたしの頭をポン、と撫でてくれる。


わたしがしちゃったことは取り返しがつかない。

わたしが許されることはない。

でもわたしはそれに囚われて、自分のことしか考えず、この人の人生を見ていなかった……

選手にはなれなかったけど、この人は自分の力で幸せをつかんだんだ。


「慈炎……、今日わたしをここに連れてきてくれてありがとう……」


向き合ってお礼を言うと、慈炎がはにかんだように笑う。


「おう!」


「慈炎が行こうって言ってくれなかったら、わたしはずっとここに来れなかったと思う。

この人がどんな気持ちで人生を歩んだかも分からなかった。

来て、よかった」


返事の代わりに慈炎がいつもの笑顔で笑う。

この笑顔、好きだなぁ、と思う。


「やっと笑ったな」


慈炎に言われて初めて自分が笑えていると気づいた。


「あ、ほんとだ。

気づかなかった……」


「はは、自分がどんな顔してんのかも分かってなかったのかよ」


慈炎の笑顔に釣られてわたしも声を出して笑う。


「ふふ、わたしは慈炎が笑ってくれたら笑えるみたい」


「じゃあ雨留はいつもオレが笑わせてやるよ」


「……っ」


きっと慈炎はなにげなく言ってるんだろう。

でも、なんか……。

嬉しくて、胸がドキドキして顔が熱くなる。


「あ、ありがとう……」


「あ、大丈夫か?

顔赤いぞ?」


心配そうにのぞき込む慈炎から思わず視線を逸らす。

このよく分からない気持ちを知られてしまう気がして、焦る。


「あ、き、きっと夕日のせいだよ!!」


いつの間にか太陽は西の空、低いところにきていて、オレンジ色の光があたりを照らしていた。


そうか?と頭をかきながら顔を覗きこまれて、わたしは慌てて話題を変える。


「さ、そろそろ帰らないとね!」


「ん、でもその前に、せっかくだしお供えのおはぎ、ありがたくいただいてから帰ろーぜ」


手を合わせてから慈炎が二つ入ったおはぎのパックを掴む。

近くの石垣に腰掛けて、慈炎は丸いおはぎを手で掴み、ぱくりと大きな口でかぶりつく。

わたしもついていた楊枝で切り分けて一口食べた。

おはぎは泣いたせいか少し塩辛くて、でも甘くて、美味しかった。


「ご馳走様でした。

今度はおはぎを持って、また来ます」


おはぎを食べ終わったあと、もう一度お墓の前に立ち手を合わすと、わたしたちはその場を後にした。







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