第3話 ④


「慈炎!ま、待って!!

どこ行くの??」


ずんずん進んでいく慈炎に手を引っ張られ、よろけながら後をついていく。


「その人んとこ、行くぞ」


「もう亡くなってるよ!」


「それを知ってるってことは、墓の場所も知ってんだろ?」


知っている。

だって、ずっと、見ていたから……


「でも、わたしなんかに来てほしくないかも……」


「亡くなってる以上それはわかんねーけど、それでもやっぱその場に行ってちゃんと向き合うべきだ」


「……」


怖い。

行きたくない。

でも……、変わりたい。


「待って!」


玄関で靴を履いている慈炎が振り向く。


「わたしたち恰好が……」


「あ。忘れてた。

着替えなきゃな」


わたしも慈炎も人間の恰好をしていない。


「大丈夫」


わたしは慈炎に近づいて集中すると、ふたりを水のベールで包んだ。

ふわりと体が地面から浮く。

水が引いた時には、わたしも慈炎も人間の姿になって、今までいた家ではなくお墓近くの竹林の中にいた。


「お前の力、ほんと便利な」


微笑んでくれた慈炎に、わたしは緊張していてうまく笑い返せなかった。


「行くか」


「……うん。こっち」


ガサガサと竹林を抜けていくと、大きな墓地が現れた。

近づくにつれて、緊張で喉がカラカラに渇き、足が震えてしまう。

そのとき後ろから慈炎の手が伸びてきて、わたしの手をぎゅっと握ってくれた。

その手は大きくて、あたたかくて、大丈夫だとわたしの心ごと包んでくれているみたいだった。

わたしは慈炎を振り返り、コクリと頷くと、今度は地面をしっかり踏みしめて歩きだした。

 土曜なので人出が結構あるが、その墓の周りは静かだった。

わたしは周りに誰もいないことを確かめてから神力で墓を清めた。

そして、人間がそうするように手を合わせると、何度も『ごめんなさい』と心の中で唱えた。


「あら、もしかして母の生徒さん?」


背後から声がしてハッと顔を上げ振り返ると、年配の女性が花を入れた手桶を持って立っていた。


「そうです!世話んなって。

今日は近くまで来たんで寄らしてもらいました!」


慈炎の言葉にビックリしていると、あの子の娘だと言う女性がにこりと笑った。


「まぁ、ありがとう。

あ、掃除までしてくれたの?

助かるわ」


花を変えながら、女性は嬉しそうに笑う。


「あ、あの……。

すみませんでした!!」


理由は説明できない。

でも、謝らずにはいられなかった。

女性は深く頭を下げたわたしに不思議そうな顔をして、でもまたすぐに笑顔になった。


「ふふ、母と何かあったのかしら。

厳しい人だったものね。

でも、母はあの陸上教室をとても愛していたのよ。

母は昔、選手になることを断念していてね。

でも、やっぱり走ることが好きだったのね。それから陸上教室を立ち上げてコーチになって、亡くなる寸前まで子供たちに自分の夢を託すことができて、すごく幸せだったと思う。

だから、今日あなたが来てくれて、きっとすごく喜んでいるわ」


しゃがんで古くなった花を取り替えながら、女性は穏やかに言葉を紡ぐ。

お供え物を置いて手を合わせると、ゆっくりと立ち上がった。


「さてと、日が暮れる前にわたしは行くわね。

今日は来てくれてありがとう。

あ、お供え物、よかったら食べてね。

おはぎ、母の大好物だったの」


女性は腰を数度叩くと、来た時のように桶を持って行ってしまった。



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