第3話 ③


 開け放した窓越しに心地よい風が吹き抜けて、慈炎の黒と赤の真っ直ぐな髪を揺らす。

光を集めるようにキラキラと光るその髪は、とても綺麗だと思う。


「雨留……」


「ん?」


「一個聞いていいか?

あ、もちろん答えたくなかったら答えなくていいんだけど……」


「?……うん、いいよ」


慈炎が真っ直ぐにわたしの目を見つめて、迷うように少しそらす。

でも意を決したようにまた目線を合わせた。


「引きこもる前に、何があったか聞いてもいいか?」


思い出すだけで、今でも手足が冷たく重くなる感覚がまざまざと蘇る。

わたしのやってしまった取り返しのつかないこと。




 16歳の頃、人間界に憧れていたわたしは、毎日のように下界を眺めていた。

特に好きなのは同い年くらいの、学校に通い、友達と遊び、恋をするごく普通の女の子たちを見ることだった。


 ある日、一人の女の子がこう言った。


「あーあ。明日のマラソンやだな。

大雨でも触ればいいのに……」


雨を降らすことはわたしにとっては簡単なことだった。

わたしはそのころ力の使い方をマスターしたばかりで、両親や兄弟からも才能があると誉めそやかされていた。

調子に乗っていたわたしは、誰に相談することもなく、翌日お盆をひっくり返したような大雨を降らせた。

マラソン大会はなくなった。

喜んぶその子を見て嬉しくなった。

でも、その横で泣いている子がいた。

その子にとっては、このマラソン大会が選手に選ばれるための最後の大会だったのだ。

その子はその後、選手の道を諦めてしまった。


それからわたしは頑なに力を使わず、部屋に閉じこもった。

もう、誰も傷つけない為に……




「最低でしょ。

わたしはその人の人生を180度変えてしまったかもしれないの。

ねぇ、慈炎は閻魔様の息子なんでしょ?

だったら……、だったらわたしの罪を、罰してよ……!!」


わたしは慈炎の手をぎゅうっと掴むと泣きながら懇願した。

80年前にできた胸の中の大きな傷は、今でもジクジクと痛み続けている。


「雨留。閻魔が罰せるのは人間だけだ。

神様は罰せねぇ。

それに、お前の中にあるのは大きな後悔と反省だ。

大きな力は使い方を間違えれば害を生むことがある。

お前は身をもってそれを学んだんだ。

そういうやつには重い罰は下らない。

悪いことを悪いこととも思わない、自分のことしか考えらんねぇやつが、残念ながら人間の中にはいるんだ。

そう言う奴のために罰はある」


「なんで?なんでわかるの?

わたしが反省してるなんて!!

わたしは、ただ逃げたのに。

部屋に篭って、なにも見ないようにして……」


ボロボロと目からは大粒の涙がどんどん溢れてきて、慈炎の手と、それを掴んだわたしの手をどんどん濡らしていった。


「閻魔だからな。わかんだよ」


慈炎は手をひっくり返して温かい手でわたしの両手をしっかりと握る。


「でも、雨留にはまだできることがある。

さ、出かけるぞ!」


「え??」


グイッと手を引いて慈炎はわたしを立ち上がらせると、ズンズン玄関へと向かった。



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