第3話 ②


 お言葉に甘えて座布団を定位置に置いて本を読んでいると、慈炎がお盆を抱えて戻ってきた。


「茶、飲む?」


「わー、ありがとう!」


お盆には湯呑が二つと、タオルに包まれた保冷剤が二つ。

お盆を挟むようにして、慈炎がわたしの隣に腰掛ける。

チチチ……、と名前の分からない鳥が、庭の木に成っている木の実を咥えて飛び去っていく。


平和だな……。


保冷剤で冷えた手を、湯呑で温めながらお茶を一口飲む。


「お茶、おいしい」


「へへ。よかった」


少年みたいな顔で、少し照れたように慈炎が笑う。


「そだ、雨留。

学校はどーだ?

見てる分には楽しそうだけど……。

もう慣れたか?

なんか困ってねーか?」


「うん!毎日すごく楽しいよ!

楽しすぎて、ずっとここにいたいくらい、楽しい、んだけどね……」


「だけど?」


「神としてなにをすべきか、余計わからなくなっちゃった……。

人間の世界って、便利なものに囲まれていて、そりゃ、水がないと生きていけないんだけど、雨を降らせるのも、川や、海、天候を管理するのも、もう他の神様がやっていて、わたしがいなくても、世界は回ってるんだなって……」


80年間、何もせずに過ごしていたときもそうだった。

わたしひとりいなくても、この世界はなにも変わらないのだ。


黙って聞いていた慈炎が、わたしの顔を覗き込む。


「神様って、世襲制じゃねーの?」


「世襲制?」


「そ、閻魔はそうなんだけど、ある程度年数を重ねたら、自分は退いて、子供に代を譲っていくんだ。

だからオレもたくさん勉強して、いつか親父の跡を継ぐ。

神さまは、違うのか?」


「そういうこともあるんだけど、わたし、100人以上いる兄弟の末っ子なの……」


「え!?」


「だから、わたしにまで仕事が回ってこなくて……」


「ふは!!」


慈炎が急に笑いだす。


「あ、ごめ!真剣な話してんのに……。

でも、雨留の話って、ときどき規模がでかいから」


「規模がでかい?」


何のことを言われているかわからなくて、わたしは慈炎を見つめる。


「オレは一人っ子だからさ。

100人兄弟って想像つかねーなって。

神さまって、みんなそうなのか?」


「ううん、うちの親が特別仲良くて……。

って、自分の親のそういう話って、なんか恥ずかしいね」


「あはは、確かに。

でも、100人もいるから、雨留がひとりサボってたって大丈夫ってことでもあるよな!」


「!」


いままで何もしない自分を、無能さを、ただ責めてきた。

そんな考え方はしたことがなくて、目から鱗だった。

とても褒められることじゃない。

でも、確かにわたしはその言葉に救われた気がした。


「慈炎、ありがとう」


「え?何が??」


いきなりお礼を言われて、慈炎がきょとんとする。


「ふふ、なんでも」


慈炎はいつもわたしの沈んだ心を、決して否定したりせず、優しく掬いあげてくれる。

だから、わたしはそれに勇気をもらっていつも一歩を踏み出せる。

慈炎が閻魔になったら、地獄の人たちも慈炎に引っ張られて明るくなれそうだな。

閻魔になった慈炎を想像して、思わず笑みが漏れる。


「なに笑ってんだよ」


訳がわからないと慈炎が眉根を寄せる。


「慈炎はきっといい閻魔様になるね!」


「へ?あ、ありがとう……?」


わたしの脈絡のない会話に頭にはてなマークをいっぱいつけた慈炎が、照れたように頭をぼりぼりとかいた。


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