第2話 ⑧


 ポカポカと、温かな日差しが降り注ぐ昼下がり。

学校の屋上に、キャッキャと明るい笑い声が響く。


「あー、めっちゃいい天気。

放課後待たなくて正解だね」


千咲ちゃんはそう言って、うーんと伸びをする。


今は昼休み。

お弁当を食べ終わったわたしたちは、放課後まで待ちきれずに、今ここで前髪を切ることになった。


 わたしは新聞紙を顎の下で持ち、目を閉じる。

櫛がスルリと前髪に何度か通され、シャキ、シャキ、とハサミが小気味よい音を立てる。

おでこに当たる冷たい金属の感触に、期待が膨らんでいく。


「ん、もう目、開けていいよ!」


そうッと目を開けると、前よりも視界が開けている気がした。


「うん!いいっ!!」


「雨留!かわいい!!」


日和ちゃんがわたしの顔についた髪を、小さな指で払ってくれる。

パカリと開けたピンクのキラキラの手鏡。

千咲ちゃんが顔が見えるように、それをわたしの前に差し出してくれた。

神の世界では自分の容姿なんて気にしたこともなかった。

引きこもってたし、髪も、服もいつも一緒で……。


「……っ。」


覗き込んだ先には、友達と一緒に楽しむ高校生の自分がいた。

天界にいた頃には考えられなかった自分の姿に、思わず目に涙が浮く。


それに気づいたふたりが、けらけらと笑いだす。


「雨留!ちょ、泣いてんのー??」


「なによー、そんなかわいかった??」


千咲ちゃんの手がわたしの背中を優しく撫でる。

その手の柔らかさと温かさに、瞑った目から涙があふれ出す。


「あ、あのね、感動して……」


「あはは!大げさだってー!!」


「どうしたのー??しっかりしろー」


なんで泣いてるかまだ分かっていないふたりは、泣き止まないわたしに少し戸惑いをみせる。

わたしは両目をゴシゴシこすり、涙を拭いた。


「あのね……。

わたし、実はずっと引きこもりだったの」


「「え!?」」


びっくりしたふたりの顔に怯みそうになる。

恐怖で手が震える。

でも、わたしは変わりたいの……


「小さいころに、取り返しのつかないことをしちゃって、外に出るのが怖くなっちゃって……。

ずっと……。

でも、だから、こうやって友達とこういう風に、過ごすことにずっと憧れがあって……。

今、すごく嬉し……」


泣きそうになるのを堪えているから、切れ切れになってしまうわたしの言葉を、ふたりは黙って聞いてくれた。



「———と、取り合えず、髪捨てよ!」


「そうだね!そうだ!

雨留!新聞紙ちょうだい!」


がさがさと準備していたレジ袋に、日和ちゃんがわたしから受け取った新聞紙を入れてくれる。


「あのね。雨留。

正直、ビックリしたよ。

でもね、でも、話してくれて、ありがとう」


千咲ちゃんがぎゅっとわたしの手を握る。


「そうだよ!

怖かったでしょ?

そういう話って、話すの、勇気いったでしょ……??」


日和ちゃんもわたしを抱きしめてくれた。


「うん……。

嫌われたらどうしよう、って……」


「「大好きだよ!!!」」


ふたりの声がシンクロする。


「まだ会って間もないし、雨留のこと何も知らないけど、そんなことで嫌いになったりしないよ!」


「そうだよ!

ていうか、もっと好きになったよ!

前髪切っただけで、こんな感動してもらえることないよ?」



———受け止めてくれた……



わたしは腕を伸ばしてふたりに抱き着く。


「ありがとう……」


「「うん!」」


ぎゅうぎゅう抱き合っていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。


「あ!ヤバっ。行かなきゃ!!」


バタバタと片付けて、下へ向かう階段へと急ぐ。


「ん、糸くず??

どこで着いたんだろう?」


日和の肩にはきれいな青色の糸が数本ついていた。


「日和、はやくー!!」


「んー、今行くー」


日和はそれをぱっぱと払い落とすと、また走り出した。


 それが雨留の髪の毛だということは、そのときは誰も気づきようがなかった。







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