第2話 ④


 1年3組と書かれた白いプレートがかかる教室の前。

わたしは、汗をかいた手でぎゅうっとカバンを握りしめた。

今日はいつも一緒に登校している慈炎や鹿目はいない。

鹿目の力なのか、わたしたち3人は転校生にもかかわらず3人とも同じクラスになった。

でも、いつまでもふたりにおんぶに抱っこじゃわたしは変われない。

だからふたりにはきょうは先に行ってもらったのだ。


カラカラ……


軽い、色褪せた灰色のドアをゆっくりと開ける。

教室にはすでにたくさんの生徒が登校し、朝食を食べたり、友達としゃべったり、思い思いに朝の時間を過ごしていた。


「ぉ……、ぉはよう!!」


声が裏返ってしまった。

みなが一斉に振り向く。

視線が刺さり、だらだらと服の中を汗が流れる。


「うす」


そんな中、友達と談笑していた慈炎が笑顔で手をあげてくれた。

それに続くように、他の人たちも「おはよー」「はよー」などとあいさつを返してくれる。

わたしは嬉しくて、照れくさくて、もう一度「おはよう」と言うと、俯き加減に、窓際の席へと急いだ。


水神みずがみ 雨留うる、それがわたしの下界ここでの名前だ。

神にも閻魔や鬼にも苗字は存在しない。

だから、慈炎たちは代々人間界で使われてきた『獄門ごくもん』を、わたしはそのままだが、水神を訓読みにして苗字にした。

慣れるまでは大変だったが、最近ようやく苗字で呼ばれることにも慣れてきた。



「水神さん、おはよう!

さっきはいきなりあいさつするからビックリしたよ」


カバンの中身を出していると、前の席の星野さんがくるりと私の方を振り返った。

短い前髪、一つに上でまとめたお団子頭。

耳についた星形のピアスが印象的な女の子。

少し茶色がかったどんぐりみたいな大きな目が、興味津々といった感じで私を映す。


「あ、おはよう。

わたし、みんなと仲良くなりたくて……。

まずはあいさつかなって……」


「だからって、入り口で大声でしなくても!!」


けらけらと笑われて、やっぱり変だったのかと俯きそうになる。


「でも、一人でいたい子なんだと思ってたから、よかった!

わたし水神さんと話してみたかったの」


「わたしと……?」


意外な言葉にわたしは俯きかけた顔をあげる。


「うん!

だから話せて嬉しい!!」


にこにこしながら言われて、わたしは涙ぐみそうになるのを必死でこらえた。

泣いてる場合じゃない!言わなきゃ!!


「わたしも。

わたしも星野さんと話せて嬉しい!」


「よかった。

あ、わたしのことは千咲ちさきって呼んで。

わたしも雨留って呼んでいい?」


「うん!」


わたしは教室で俯いて、ずっと自分で壁を作ってしまっていたみたいだ。

すごく恥ずかしいし勇気もいったけど、あいさつしてよかった。

わたしは心底そう思った。




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