第2話 ③


 『たこやき ぼんた』と書かれた色褪せた看板、店先に置かれた小さな赤いベンチに座ってたこ焼きを食べる。

店はおばあちゃんがひとりで切り盛りしていて、店の中のカウンター席は学生でいっぱいだった。


「はー、熱つ、でもうま!」


「うん、おいしいね」


「なるほど。小麦の生地に、タコとかねぎをいれて焼いてあるのですね。

紅ショウガがいいですね」


みんなでハフハフ言いながらたこ焼きを頬張る。

温かい食べ物を食べていると、すべての思いをふたりに吐き出したくなった。

わたしは口の中のたこやきを飲み込むと、ゆっくりと口を開いた。


「わたしね、天界から毎日学校に通う子たちを見てたの。

みんな一生懸命できらきらしてて、すごく羨ましかった。

だから、学校に一緒に行こうってふたりに言ってもらえて、すごく嬉しかった。

すごく楽しみだったんだ……」


「知ってる。

準備期間、毎日すっげー楽しそうだったもんな」


「うん。

学校に行けさえすれば、あんなふうになれるんだって思ってた」


「うん」


「でも、違った……」


ぽろ、と一粒目から涙が零れ落ちた。

すると、慈炎がずい、とハンカチを差し出してくれる。

わたしはそれ以上涙が流れないように、そのハンカチで目元を押さえた。

ハンカチは、わたしと同じ柔軟剤の匂いに混じって微かに慈炎の匂いがした。


「ありがと……」


お礼の言葉は上ずってうまく声が出なかった。

でも慈炎はうなずいてくれた。


「その気持ちを誰かに言ってみりゃいいんじゃね?

もちろん天界からきたとか言えねーこともたくさんあるけど。

気持ちは言葉にしねーと人には伝わんねーからさ」


その通りだ。

なんで自分の気持ちを言うだけで、わたしはこんなに怖いと思ってしまうんだろう。

自分の発したもので、人がどう思うか、どうなってしまうかがわたしはすごく怖い。

でもそこをこえれば、少し進めるんじゃないかという予感もあった。


「うん……」


ハンカチを目から離すと、もう涙は止まっていた。


「なんか、今日のこの時間もすごく青春な気がしますが……」


「え?」


「こうやって学校帰り、寄り道して友達に悩みを聞いてもらう。

そんなことの積み重ねが、雨留さまが憧れていたものなんじゃないでしょうか」


一緒に住んでいるせいで、友達より家族に近い存在になっていたふたりだから気付かなかったけど、確かに今の光景は、わたしが憧れていたものだった。


「そ……か、そうかも。

わたし、ふたりにまた夢を叶えてもらってたんだね」


「夢叶えたとか、そんな大袈裟なもんじゃねーけど、雨留が笑ってくれてよかったよ」


わたしが笑うと、二人も安心したように笑ってくれる。


「わたし、頑張るよ。

ふたりみたいにうまくできるかはわからないけど、自分なりにやってみる」


「おう!」


「友達が多いのがいいとは限りませんからね。

ひとり、ふたり仲がいい子がいればいいタイプの人もいると思います。

まずはひとり友達を作るのを目標にしてはどうでしょう」


「うん、そうだね!」


沈んでいた心が、二人のおかげでみるみる浮上していく。

家に向かって歩きながら、わたしは明日からの学校生活に思いを馳せた。


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