第19話「真珠の耳飾り」

父「3ヶ月ほど、真面目に足湯と導引をして、8時間は眠るようにしたら、頭の状態はだいぶ良くなってきた」


娘「やっぱり、寝不足は万病のもと?」

父「そうかもな……お母さんも少しづつ回復してきて、俺とお母さんは付き合うことになったんだ」

娘「やったね!」


父「それから順調に仕事も進み、専門学校も無事卒業して正社員になった」

娘「いよいよ結婚?」

父「そうだな……ある日、デパートでフェ○メールって画家の展示会があって、入場無料だったので入ってみたんだ」


娘「フェ○メールは、あたしでも知ってるよ」

父「冬子も知ってるのか、そのフェ○メールの複製画の絵なんだが売っていたんだ」

娘「なんだ、レプリカか……」

父「本物のフェ○メールの絵は、そうそう見れないよ。レプリカと言っても1枚、5万~10万円くらいする高級品だ」


娘「そんなにするの!? 映画のポスターみたいに500円か1,000円くらいじゃないんだ」

父「そういうのではなかった。とても買えないから、見るだけにしようと展示されてる作品を見ていると『真珠の耳飾りの少女』と言う作品があって、その絵に描かれている真珠の耳飾と同じ物が売られていたんだ」


娘「絵じゃなくて耳飾り?」

父「絵も売っていたよ。絵も良かったけど、その耳飾りが妙に気に入ったんだ」

娘「本物の真珠?」

父「そう、本物。それが無性に欲しくなって、カードでお金をおろして買ったんだ」

娘「高いの?」

父「給料の半分くらいだった」

娘「けっこう高いね。お母さんへのプレゼント?」

父「うん、お母さんに似合うと思った。次のデートの時に真珠の耳飾りの話しをしたら、お母さん、欲しいって言ったのであげることにしたんだ」


娘「夜景の見える所とか、ムードのある場所で渡したの?」


父「ムードはないな。近所のそば屋『はまこう』で、そばを注文して、待ってる間に渡した」

娘「はまこうで!?」

父「場所がまずかったか? もっといい場所を探すべきだったかな?」

娘「いや、別に場所はいいと思うよ……」

 父親を気遣かい、ひきつって言う冬子。


娘「どうやって渡したの?」


父「普通に、はいって、お母さんに渡したんだ。そうしたら、中身を見て、お母さんが『これは、プロポーズなのかしら?』って言ったんだ……」


娘「プロポーズだったの?」


父「いや、いや。実はそういうことは、全く考えていなかったから、こっちがビックリしたよ。でも、親父がよく言ってたろ、『迷ったらチャンスは逃げる』って。だから、俺はすぐに、座っていた椅子から降りて、その場でひざまずいたんだ」


娘「なにそれ!?」

父「あの、はまこうの椅子、知ってるか? 縄で編んであるやつ、和風な椅子。俺は、ひざまずいた時に、その椅子が今だに目に焼きつているぞ」

娘「あの椅子かな? たぶん、い草を使った椅子だと思うけど、畳に使うやつ」

父「あれは、い草か……とにかく、俺はひざまずいて、右手を心臓にあて、左手は伸ばして手の平を上に向けて『プロポーズします!』って言ったんだ。あんな恥ずかしいこと、二度とできないぞ……」


娘「へ〜っ、プロポーズしたんだ。周りに見ている人はいなかったの?」


父「何人か見ていた。『はまこう』のおかみさんは、そばを持って俺の横で仁王立ちでいるんだ。どうなるんだって顔でさ……」

娘「それで、どうなったの?」


父「お母さんが『お受けします』って言ってくれたんだ」


娘「ふ〜〜っ、良かったね。こっちが緊張するよ」

父「はまこうのおかみさんも『おめでとう』と言ってくれて、大海老天を二本づつサービスしてくれたよ」


娘「ははははっ、大海老天ね。丼からはみ出すデカイやつでしょ!? 見たことあるけど、あたし食べたことないや」

父「そうか、今度、食べるか?」

娘「うん」


父「それで、お母さん、顔を下に向けて、そばをすすりながら泣いているような、笑っているような声を出すんだ」

娘「嬉し泣きかな?」 

父「若い頃、お母さんは髪を伸ばしていたんだ。髪が垂れて顔は見えないし、変な声をだしてそばをすするから、行灯あんどんの油をなめる猫の妖怪みたいで怖かったぞ」

娘「妖怪……」


父「当時、お母さんは、妹さんと一緒に住んでいて、後から妹さんに聞いたんだけど、お母さんが脳卒中になる前に、付き合っていた人がいたんだって」

娘「あっ、やっぱりいたんだ」

父「それで、入院してる時も来ていたし、退院しても体の左半分が動かなかったんだけど、それでもいいから結婚して欲しいって言われたらしい」


娘「半身不随でも結婚したいって!?」

父「その人、お金持ちらしくて外車に乗っていたって。俺は国産の軽自動車だ、しかも大特価のやつ……」

娘「お金だけじゃないよ、結婚は……たぶんだけど」


父「お母さんも、いろいろ考えて、結婚は断ったらしい」

娘「お金持ちなら体が動かなくても面倒見てくれたかもね……」

父「家の玄関に、よくバラの花束が置いてあったってさ……」


娘「それは、お父さん、もっとふんぱつして、指輪とかの方がよかったのかな?」

父「指輪は、結婚の時に買った。でも、妹さんの話しでは、真珠の耳飾りも妹さんに自慢して喜んでいたらしい。結婚式の時も新婚旅行の時も付けていたし……」


娘「お母さん、あたしの小学校の授業参観の時も真珠の耳飾りを付けていたよ」


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