第16話「免許証」
父「自動車の工場を辞め、実家に戻った俺は定職を探そうと思ったんだ。そうしたら、親父の友達の金子さんが家に来て、車の免許を取らないかと言うんだ」
娘「金子さんは、あたしも知ってるよ。おじいさんの整骨院によく来てたから」
父「金子さんの知り合いが車の教習所を経営していて、安くするから車の免許を取らないかと言うんだ。俺もそろそろ車の免許があったほうが良いと思い、教習所に行くことにしたんだ」
娘「車の免許はあったほうがいいね。その時、お父さんは22歳?」
父「そうだな、免許に合格したのが23歳だった。お母さんと一緒に合格したんだぞ!」
娘「お母さんと一緒? どういうこと?」
父「お母さんと初めて会ったのは、車の教習所なんだ。当時は1台の車に、先生と運転をする生徒、それと交代で運転する生徒が後ろに2名乗るという、1台に4名乗るやり方だった。それで、後ろの席に俺とお母さんが乗っていた」
娘「へ〜〜っ、偶然出会ったんだ!」
父「そう、全くの偶然。さらに、お母さんも習い始めたばっかりで、歳も同級生だった」
娘「凄い偶然だね」
父「まったくだな。当時のお母さんは、女優の大○麗子さんによく似ていたんだ。さらに子供のような面影が残っていて可愛かった!」
娘「なんとなくわかる。お母さん、今でも綺麗だもんね……」
父「そうだろう。教習所の先生までデートに誘う始末だった」
娘「お父さんもアタックしたの?」
父「俺は女性とデートとかしたことは無かったから、そんなに話しもしなかった」
娘「そうだったの、よく結婚できたね」
父「まったくだ。お母さんは仕事をしていて、夜に講習に来るのは知っていたから、俺も同じ時間の講習にして、何度かお母さんと同じ車で練習したんだ。すると、お母さんが俺の顔を覚えてくれて缶コーヒーをくれたんだ」
娘「お母さんの方が、お父さんを気に入ったの? まさかね……」
父「俺には、その缶コーヒーが愛の告白に思えたが、あとから聞いたら、お母さんが缶コーヒーが好きだと言ったら、缶コーヒーをくれる人がいっぱいいて余ったからくれたらしい……」
娘「なんだ、そんなことだと思った」
父「しかしだ、仮免許に合格して、本試験を受ける時、お母さんが『一緒の日に受けませんか?』と俺に言ったんだ!」
娘「自動車教習所は、試験は公安委員会で受けて取るんだっけ? けっこう難しいって聞いたよ」
父「仮免許に合格するのが難しい。5~6回落ちるのはザラで10回を越えるのも珍しくはないんだ」
娘「お父さんは何回で合格したの?」
父「俺は8回目……お母さんは5回目くらいだった。仮免許は自分の都合で受けるので、仮免許に合格したのは同じ時期だったんだ」
娘「普通なのかな?」
父「普通だと思うよ。しかし、本試験は1発合格だった。俺もお母さんも、あれは12月の末でクリスマスの直前だった。俺は免許証をもらって、思いきって、お母さんをデートに誘ったんだ」
娘「うん、それで、どうなったの?」
父「お母さんは『いいよ』と言ってくれて、そのまま街中に行って食事して映画を観たんだ」
娘「凄いね。お父さんもやるときはやるんだ!」
父「清水の舞台から飛び降りる心境だった。映画を観て居酒屋に行ったんだ。お母さんとお酒を飲んで、ひょっとしたら今夜ふたりは結ばれるのかと思って、やたら料理を注文していたら、会計の時一万円を越えていてお母さんが払ってくれたんだ。俺は失業者だったから気を使ってくれたらしい」
娘「デートで女性に支払いさせるのはまずいんじゃない?」
父「そうだな。当時の俺には、そんな知識はなかったからな……。居酒屋を出たらお母さんはタクシーで帰ってしまった」
娘「お母さん、怒っちゃたかな?」
父「それはわからないが、自動車教習所も免許証をもらったので卒業だ。お母さんとも会えなくなってしまった」
娘「電話番号くらい教えてもらえなかったの?」
父「俺の住所と電話番号は紙に書いて渡したが、連絡は無かった」
娘「ふられちゃったのかな?」
父「その時は、俺もふられたと思った。それで気持ちを切り替える意味で車を買うことにした」
娘「車、新車?」
父「お正月の福袋で、俺が自動車の工場で作っていた軽自動車の新車が100万円で売っていたんだ」
娘「それは安いの?」
父「普通に新車で買うと150万円以上する車なんだ。ただ、福袋は抽選で希望者は10人くらいいた。俺は当たるように念じたら、見事当たった!」
娘「へ〜っ、凄いね」
父「俺は新車が嬉しくて、お母さんのことはしばらく忘れていた。本当は気持ちは引きずっていたが、なるべく忘れるようにしていた」
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