第45話「完成まで35年」
娘「お母さんが帰って来るまで、もう少し時間があるから、お父さんの話しを順番にまとめて話してくれない?」
父「ナオちゃんのことか?」
娘「ナオちゃんさんのことはいいよ、お尻のことを話して。あたしメモするから」
冬子はノートを開いている。
父「聞きたくなったらいつでも話してやるぞ……」
娘「お父さんも、いつどうなるかわからないじゃない、いまのうちにメモしておくわ」
父「……そうだな、お父さんの仕事の後輩なんか50歳で脳出血で半身不随になったもんな……俺も、いつどうなるかわからん歳になったか……」
”ついに行く 道とはかねて 聞きしかど
昨日今日とは思わざりしを”
娘「なに、それ? 昔の歌?」
突如、歌いだした勘蔵の歌に冬子はキョトンとしている。
父「平安時代の貴族“
娘「辞世の句って?」
父「自分の人生を振り返り、この世の最後に残す言葉だな」
娘「へ〜〜っ、なんて言ってるの、もう一回言って」
父「そうか、よく聞いていれよ “ついに行く 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とはおもわざりしを”」
娘「なんとなくは、わかるんだけど、現代語で訳すとどうなるの?」
父「そうだな、訳すと……人間は、いつかはかならず死ぬとは知ってはいたが、昨日今日に自分が死ぬとは思ってもいなかった。という感じかな?」
娘「深いね……昔の言葉の方がカッコいいね」
父「俺も辞世の句を考えておくか……」
娘「遺言書でいいんじゃない?」
父「遺言書か……たいした財産は無いぞ……」
娘「じゃぁ、とりあえず、お父さんの秘伝のお尻の導引を聞かせてください」
父「あぁ、そんなもんでよければ、いくらでも……」
娘「お尻の痛みで苦しんでいる人は多いみたいだから、お父さんのやり方が流行れば巨万の富になるかもしれないじゃない!?」
父「そうだな、ガッポリ稼いで、後はゴロゴロして暮らしたいな」
娘「今でもゴロゴロしてるけどね……」
父「もっとゴロゴロしたいな」
娘「それじゃ〜っ、テレビとかも出て稼いでよ」
父「テレビでお尻の押し方を教えるのか? 放送禁止じゃないのか?」
娘「どうだろうね? 直接はまずいだろうけど、なんとか工夫してさ……」
父「そんな時が来ればいいな。お尻の痛みに苦しむのは辛いだろうな、俺は抜け出せたが苦労した。それもいらない苦労を何年も……」
娘「それは、やっぱり世間の人に教えてあげたほうがいいよ」
父「定年になったら、本でも書くか?」
娘「いまから練習して書いていたら? 自費出版なら誰でも本を出せるみたいよ」
父「自費出版か……金はかからない方がいいな。何かの募集に出して賞をもらって出版がいいな」
娘「それには、まず原稿を書かないと」
父「冬子が書いても別にいいぞ。お前の整体の店のお客さんで希望する人に教えて、その経過を書くとか?」
娘「あたしが書くの? ヒットしたら印税で暮らせるかな?」
父「お尻のことは、あまり人には聞けないからヒットするんじゃないのか?」
娘「そうだね、知りたがっている人は多いと思う。大ヒットしてアニメ化やテレビドラマ化なんかになったらどうしよう」
父「今の時代、なにが流行るかわからないぞ、現に『お尻○偵』というアニメがあるからな」
娘「なんか、書きたくなってきたな」
父「お〜っ、書け書け! 俺も暇になったら書くから、どちらかが書籍化になってヒットすれば、我が三日月家は万々歳だ!」
娘「お父さんのやり方って、本当に効くの?」
父「たぶんな、俺は良くなった。今もメンテナンスは必要で押したりしないとならないけど、トイレは楽しいよ。辛い時期は無くなった」
娘「完全ではないの?」
父「歳を取ってるんだから、若い時みたいにはいかないよ。それでも痛みがないだけでも幸せだ」
娘「他の人でも試してもらって、効果が出たら本当に書籍化かもね」
父「書籍化でも映画化でも狙ってくれ! 俺の技は完成までに35年以上かかっているんだ」
娘「5年じゃなかったの?」
父「初めて痔になってから35年目で気がついた」
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