第11話「逆鱗に触れる」
父「小笠原さんがいなくなって、ガランとした部屋をよく見たら、机の上にオロ○インのビンが置いてあった」
娘「えっ、あのビン? 本当に?」
父「あっ、いや冗談……」
あきれた、という顔の冬子。
父「いゃ、ごめん、ごめん……」
ほんの冗談じゃないかという顔の勘蔵。
父「それで、しばらくは一人で部屋を使っていたんだけど、新しい人が入って来たんだ」
娘「また二人部屋になったのね」
父「そうなんだ。今度は50歳くらいの
娘「星さん? 綺麗な苗字ね」
父「苗字はね。本人は酔っぱらいだったけど……」
娘「何それ、酔っぱらいって?」
父「ペットボトルの大きいやつ、4リットル。あれを一週間くらいで呑んでしまうんだ」
娘「焼酎?」
父「そう、焼酎の4リットル。俺は、その時、初めてそういう物があることを知った。当時の俺はほとんど酒を呑まなかったから、ペットボトルのデカイ焼酎を見て驚いたよ」
娘「その星さんは体の大きな人なの?」
父「いや、身長は150cm程度で痩せていた」
娘「そんな人がそんなに呑むの?」
父「仕事から帰ってきたら、まず呑んでいた。休みの日は朝から呑んでいた」
娘「アルコール中毒?」
父「たぶんね……ギリギリで仕事には行っていたけど、夜も呑んでいて、俺に話しかけるんだ」
娘「なに? からんでくるの?」
父「からみはしないんだけど、話しが長いんだ。自分の昔の自慢話」
娘「自慢話か、あんまり聞きたくないね」
父「しかも、同じ話しを何回もするんだ。俺は聞き飽きて寝ようとするんだけど、話しを聞いてくれみたいに、ずっと話し続けるんだ」
娘「それも困った人ね」
父「そうなんだよ……それから、しばらくたった日、星さんが坂本さんを部屋に連れて来たんだ。食堂で話して仲良くなったみたいだね」
娘「坂本さんって、隣りの部屋の怖い人?」
父「そう、あの怖い人。でも、その頃は坂本さんも落ち着いていてトラブルはなかったんだ。星さんは坂本さんが来た頃のことを知らないから、ニコニコしたいい人だと思ったんじゃないかな?」
娘「それは、なんか怖いね」
父「そうなんだ。俺の部屋で、星さんと坂本さんが呑みだして、俺も一緒に呑んでいた」
娘「うん、それで?」
父「最初は音楽の話しで盛り上がっていたんだ。星さんも坂本さんも同じような年齢で外国の音楽に詳しいんだ。俺にはチンプンカンプンだったよ」
娘「お父さん、音楽にあんまり興味ないものね、CDも持っているの少ないし」
父「俺もラジオでは音楽を聞くんだが、それほど興味はないな……」
娘「それで、どうなったの? その二人」
父「あ〜っ、あれね……星さんが酒の呑み過ぎで下痢をするとか言いだして、坂本さんにもトイレが長いけど痔か便秘なのかみたいなことを笑いながら軽く言ってたんだけど、その瞬間に坂本さんの顔から笑顔が消えて険しくなったんだ」
娘「ひ〜〜っ、瞬間で変わるの!?」
父「そう。一瞬で戦闘モードだ! 結局、なんか嫌な雰囲気になって、星さんが『トイレに行く』と立ち上って、座っている坂本さんの顔にお尻を向けて思いっきりオナラをしたんだ」
娘「うあっ、最悪!」
父「星さんは、そのままトイレに行ったんだけど、坂本さんも部屋から出ていき、星さんがトイレから出てくるのを廊下で待ち構えていたんだ」
娘「殴られた?!」
父「殴りはしなかったんだけど、坂本さんが星さんの胸ぐらをつかんで怒鳴りまくっていた」
娘「やっぱり、坂本さんは、怖い人だね」
父「そうなんだ。星さんも悪いんだけどね……坂本さんの
娘「逆鱗ってなに?」
父「逆鱗、知らないのか?」
娘「知らない」
父「竜だよ、竜。竜って実はおとなしい性格なんだけど、一枚だけ
娘「なるほどね〜坂本さんの逆鱗がトイレが長いってこと?」
父「そうだね。坂本さんには逆鱗がいっぱいあるような気がするけど……星さんは坂本さんが、そういう人だと知らないから、なめて顔に向けてオナラなんかしたんだ」
娘「でも、普通は人の顔に向けてオナラなんかしないよ」
父「星さんは酔っぱらいだから、冗談のつもりで、年中同じような事をしていたんじゃないかな? 俺が部屋でお菓子を食べていても、俺に向かってオナラをしてたよ」
娘「困った人ね……」
父「それから星さん、仕事に行かなくなって、朝から酒を呑むようになったんだ。坂本さんに怒鳴られると精神的におかしくなってしまうようだ……」
娘「仕事に行かなかったら会社をクビになるんじゃないの?」
父「そうなんだ。クビになったんだ……」
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