⑧ 支配の正統性
マックスウェーバーの"支配の正統性"によれば、それは、
① カリスマ的支配
② 伝統的支配
③ 合法的支配
に大きく類型される。天皇家は このうち①と②に該当するが、島国であり 海(の障壁)によって
だが、交通・移動手段が飛躍的に発達し、さらに心理的・時間的距離が縮まるであろう
確かに、伝統を保持することや行動の一貫性を守ることは 社会での信用などを獲得する上で意味がある。いや、それは順当に年を重ねた壮年の私達の世代の話で、その私らにとっては 長年続いた体制をひっくり返すことは そら恐ろしいとさえ 言っていいやもしれない。三国志の奸雄として名高い"魏の武王"曹操ですら、漢帝国の重臣としての呪縛に囚われ 王位の簒奪は 行ってはいなかった。
しかし、世代が変われば おのずと考え方や人の見方も変わってくる。同じ人がやれば、変節でしかない事柄でも 世代が変われば選択肢の1つして数えられ、受け容れられることも多かった。皇室に求められる役割も、時代とともに変化する。時代の要請に合わせて
21世紀現在は、男女同権が声高に叫ばれ、側室が認められるような状況ではない。次世代を担う皇室の男子は 秋篠宮殿下の長男 悠仁様のみであるが、男系男子の天皇を
けれど、その一方で 女系天皇を認めがたい世代の存在を無視して この論を進めることは 現実的ではない。結局のところ、悠仁親王の成長を待ちつつ、その間 皇族一人一人の負担を増加させないように 女性皇族に皇室に残ってもらい 時間を稼ぐという政策に行き着くことになる。
とは言え、私達の世代で道筋くらいつけておく必要はある気もする。その場合は 次善の策として 旧宮家の復活という話になるかと思うが、他方で、その行為が次世代の選択を狭める結果となりははしないかという懸念もある。
そうして、将来 時代の空気が許すならば、現在の世代がとり得ない,やんごとない施策を採ってもいいのではないかと私は愚管する。英国の地質学者・生物学者であるチャールズ・ダーウィンの言を借りるならば、
「最も強いモノでも最も賢いモノでもなく、
唯一 変化できるモノが生き残る」
ということであるし、少し人の悪い言い方をすれば、状況に迫られれば人間は 理由や意味などいくらでも作り得、そして 言葉は後からついてきた。
※ 375年の"ゲルマン民族大移動"は 東からフン族に押された形ではあったものの、実際は 侵略だった。それを そのような形で訳すのは 後の人達との関係性による。
あと、「
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