第66話 悪童の納得

 聖者様……いや、偽聖者を背中から踏みつけたあげく、冷たい目で見下ろしているアルの姿を見て、オレは普段温厚なヤツを怒らせるとここまで爆発するんだなとドン引きする。


 部屋の中には、かつて人狼ワーウルフだったものの肉片が散乱し、騒ぎを聞きつけて集まってきた敵は、アルの放つプレッシャーに気圧されて部屋に入ることも出来ずにいる。


 …………これから、からかうのはほどほどにしとこうかな?


 オレもついついそう考えてしまうくらい、おっかねえ。


 そして、そんな様子を見ていたオレは、ようやくアルの足元にいる偽聖者の正体が分かった。


 ああ、あいつが【ドッペルゲンガー】か!


 定まった姿を持たず、ありとあらゆる生物に擬態することが出来るという。

 ただし、戦う力は皆無で、敵を騙し討ちするしか能のない魔物。


 ある意味では最強だけど、擬態を見抜かれればスライムレベルの雑魚に成り下がるという。


 そう言えば、前にアルから聞いたことがあったな。


 歴代の勇者の中には、仲間に擬態したドッペルゲンガーに殺された者もいたという。

 

 ―――小さいことかもしれないけど、ひとつひとつの違和感を集めれば、すぐに別人だって分かっちゃうよね。


 そう笑って教えてくれたアルだったけど、そんなことが出来るのは、人と距離を置きたがるくせに、人のことをよく知ろうとするオマエだけだからな。


 オレは声を大きくして言いたい。


 【愚者】だの【無能】だのと口さがない連中に蔑まれて、人を嫌いになってもおかしくないのに、それでも人を好きでいたいと考える、どうしようもないほどのお人好しだから出来ることだからな。


 オレだったら絶対に後ろから刺される自信があるね。

 そもそも、普通の人間は他人のことをそこまで深く覚えようとしないからな。

 容姿や声が記憶にあるものと合致すれば、それで良し、と。

 さらにそこから違和を感じるなんて絶対にムリだから。


 そんなことをボンヤリと考えていたら、隣で青くなっているウノのおっちゃんに気づく。

 この人も、敬愛する聖者様が生命の恩人の義弟に足蹴にされている状況を見て、どうすればいいのか判断がつかないようだ。


「おっちゃん、どうやらアレは魔物みたいだぜ」

「…………はぁ?君は、な、何を言ってるんだ?」

「多分、あれは【ドッペルゲンガー】の擬態なんだろな。アルがあそこまで容赦ないってのはそういうことだ」

「えっ、えっ?ドッペル……?えっ……?」


 どうやら、おっちゃんもドッペルゲンガーの名前くらいは知っていたようで、この異常な状況を理解してくれたようだ。


「じゃあ、俺は……、今まで偽者に騙されて……」


 そう独りごちるおっちゃん。

 結構、ショックだったみたいで、今度は目を白黒させている。


 なかなか忙しいな。


 そんなことを思っていたら、アルの方に動きがあったようだ。


「クソ女ァ!何してる、ボケッと突っ立ってねえでコイツを殺せぇぇぇぇ!!」


 おそらく、あの女の人は何かの力で操られてるんだろうな。

 一瞬だけ、ピクリとその動きが止まったけど、すぐにアルに向かって襲いかかっていく。


 ブォォォン!


 うおっ!

 スゲェ、風切音がここまで聞こえてくる。


 女の人が空振った拳の音だけで、それがとんでもない威力があることが分かった。

 あの拳が顔にでも当たったら、玉子を割るのと同じくらいにアッサリと潰れるのは間違いない。


 まぁ、当たればだけどね。


「ふげっ!」


 アルは、足元の偽聖者を壁際に蹴り飛ばすと、軽々と女の人の攻撃を躱していく。


「殺せッ!殺せッ!殺せぇぇぇぇぇぇ!!」


 上半身を起こして、憎悪に濁った目でそう命ずる偽聖者。

 汗びっしょりで、もうなんと言うか必死だな。

 部屋の中には、偽聖者の怒声と女の人の拳の風切音だけが響いている。


 そうこうしているうちに、アルは剣を手にすると、次の瞬間には目にも止まらぬ早さで剣を振り下ろしていた。


 女の人は吹き出す鮮血で真っ赤に染まる。


「なッ、何だと!?ソイツはお前の兄の女ではないのか?そ、それを斬り殺したぁ!?」


 偽聖者がずいぶんと、必死に叫んでいるけど、う~ん、そこまで騒ぐってことは、女の人が死ぬことは何かマズイことになるのか?


 …………まぁ、そのあたりは大丈夫だと思うぞ。


 カラン。


 乾いた音がしたので、オレはそちらに目を向ける。

 するとそれは、アルに襲いかかっていた女の人の首元にあった何かの道具の残骸だった。


 ああ、さっきのは血じゃなくて道具の中身だったのか。


 呆然とした表情で動きを止めた女の人に怪我はないようだ。


「………………はぁ?」


 ほらな。


 ウチの師匠は【愚者】とか言われてるがな、そのあたりの大切なことは絶対に間違えないんだよ。

 まぁ、本人に伝えるとドヤ顔でムカつく笑みを浮かべるから、絶対に言わないけどな。


「どう?とりあえず切ってみたけど?」


 アルが優しく女の人に問いかける。


 すると、女の人は自分の身体をペタペタと触って異常がないことを確認した後、目に涙を浮かべながら笑顔を見せる。


「アル君……ありがとう。このお礼はあの人を助けた後に……」

「別に大したことはしてないよ。それより、義兄にいさんは任せても?」

「ええ。ごめんね、すぐに行くから」

「じゃあ、お願い」

「うん」


 道具の中身の赤い液体でローブを真っ赤に染めたままの女の人は、アルと二言三言話をしてすぐに部屋の外に出ていこうとする。




 が、生まれたての子鹿のように足を震わせて立ち上がっている偽聖者の前で足を止めると、その拳を大きく振り上げる。


「その前に……」

「くべらばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 さっき見たばかりの、すげえ威力の拳をまともに喰らった偽聖者は部屋の壁を突き破って飛んでいく。


 うわぁ…………。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


あと一話更新しますね。

次回はお昼。

ご期待下さいませ。



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