第65話 聖女の諦念

「早く死に場所を選べ!!きさまは死ぬべき男だ!!」


 アル君に踏みつけられて、潰れたカエルのようになっているドッペルゲンガーを見て、私は心の中で喝采を上げます。


 私の名は【クリスタ・フォン・フリカ】。

  

 勇者の補佐たる【衛星サテッレス】の一家、【癒のフリカ】の嫡女で【癒聖】あるいは【聖女】の称号を持つ者です。


 【衛星サテッレス】である私たちが『歴史に残る無能』と蔑む先代勇者の愚かな指名によって、【勇者戦術ブレイブ・アルテース・ベルリー】四兄弟が道を違える結果となってしまった際、私は真っ先に恋人の【トリスタン】とともに人々を癒す道を選択しました。


 戦乱に巻き込まれて辛い目に遭っている人々を救うこと。

 それが、私たちのすべきことだと思ったのです。


 ある日、私たちは帝国最南端の『奇跡の村』で隣国が魔王軍四天王のひとり【不死者】コシチェイが率いる『ハートの軍』に攻め滅ぼされたとの噂を耳にします。


 これが本当ならば、由々しき事態です。

 更に多くの人々が、犠牲になっているはずです。


 そこで私たちは、逃げ遅れた人たちをひとりでも多く救うため、旧【カエルム神国】へと旅立ったのです。


         ★★


 魔王軍に追われる人々を助け、怪我を負った人々を癒しながら、私たちはかつて城塞都市【アウルム】と呼ばれた街へと侵入しました。

 そこは、『ハートの軍』本隊が占領支配している土地で、まだ多くの人々が取り残されていると目されていました。


 私とトリスタンは、次々と襲い来る魔王軍の兵士たちを屠っていきます。

 私は聖気を身に纏うことで、身体強化を果たす術を持っており、魔族の力自慢と真っ向から勝負しても勝つ自信がありましたし、トリスタンはまがりなりにも【勇者戦術ブレイブ・アルテース・ベルリー】の伝承候補者。

 私たちふたりだけとは言え、十分に敵軍と戦うことが出来ました。


 トリスタンが【不死者】コシチェイを押さえている間に、私が雑魚を屠る。


 もはや勝利は目前と思われたとき、私は致命的なミスを犯してしまったのです。


 戦いの最中、私の視界に腹から血を流して倒れている少女の姿が入りました。

 まだ年端もいかぬその少女は、ボロ雑巾のような姿で苦しんでいたのです。

 私はその少女に駆け寄り、小さな身体を抱き抱えた瞬間、カチリという硬質な音が聞こえました。


「ギャッハッハッハッハ!かかったなぁ~、ばぁ~か!!全てはこの俺様の策略だったんだよぉ!これでお前は俺様の下僕だ!」


 今にも死にそうだった少女の顔が醜悪に歪みます。

 それが、他人に変化して人を騙す【ドッペルゲンガー】だったと気づくのに時間はかかりませんでした。


 反撃をしなくてはと思うものの、身体が動きません。

 

 私は少女を抱えた隙を突かれて、この忌々しき【隷属の首輪】を取り付けられたのでした。


「ギィヤッハッハッハッハ!もう、お前に自由な意思はねえよ!おい、クソ白髪!この女がどうなってもいいのか!戦いをやめなけりゃ、コイツをブッ殺すぞ!」


 ドッペルゲンガーがトリスタンに向かってそう叫びます。

 心優しい彼は、私を見捨てることが出来ずに、抵抗を止めてしまいます。


 私はどうなってもいい、だから戦って。


 私は心の中でそう叫びますが、言葉が口から発せられることはありませんでした。

 何度も何度も、私は自分を見捨てて欲しいと願うのですが、その思いは伝わることはありませんでした。


       ★★


 それから私は、悪夢のような毎日を過ごすことになりました。


 こともあろうにトリスタンの姿に化けたドッペルゲンガーは、彼の名を騙ってあちこちに呼び掛けると、研究と称する人体実験を行うための犠牲者を集め始めたのです。



 私の身に何かあれば、全てを壊し尽くすとトリスタンが宣言したため、私自身に危害が加えられることはありませんでした。

 しかし、ドッペルゲンガーが人の身体を弄ぶ様を間近で見ることを強要されて、私の精神は日々削られていったのです。


 私の目の前で泣き叫び死んでいく人々を見ても何も出来ない自分の無力さ。

 心の中では、「これは罠だ、逃げて」と叫ぶものの人々に届くことはありませんでした。


 【隷属の首輪】は一度取り付けられると二度と外すことはない代物だと聞きました。

 こうなっては、私が死ぬことしかこの窮状を脱する方法はない。


 いつしか私は、誰かが私を殺してくれること。

 それだけを願う人形のようになっていきました。


        ★★


 そしてついに、私の願いを叶えてくれるであろう存在がやって来たのです。


 本当ならば、勇者として他の兄弟や私たち【衛星サテッレス】を率いて魔王と対峙するはずの男。

 【愚者】とかいう事実から最もかけ離れた称号を持つトリスタンの義弟。

 アルバート君。


 彼はあっさりとトリスタンに化けたドッペルゲンガーをねじ伏せるのでした。


「クソ女ァ!何してる、ボケッと突っ立ってねえでコイツを殺せぇぇぇぇ!!」


 私の愛する人の姿で、ドッペルゲンガーがそう叫びます。


 ごめんなさい、アル君。


 自分の意思とは裏腹に、聖気を纏って強化された身体でアル君に襲いかかる私。


 

 ごめんなさい、辛い役目を与えてしまって。

 お願い、私を殺して。

 そして願わくば、あの人を自由にしてあげて。


 何度も何度も願い続けた瞬間がやって来ました。


 私の目はどこか他人事のように、アル君が私に向かって剣を振り下ろす光景を見ています。


 ああ、やっと……やっと死ねる。


 おそらく、ドッペルゲンガーの指示を果たせなかったということで私の魂は粉々に砕け散り、蘇生することはないでしょう。


 でも、それでいい。

 あの人が助かるなら。


 トリスタン……、ごめんね……。


 そして次の瞬間、私の視界を真っ赤な液体が覆うのでした。


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