第62話 愚者の赫怒

 ある程度落ち着きを取り戻したウノさんの話を聞いた僕は、次兄トリスタンが何やら実験をしていたというその屋敷に潜入することを決めた。


「分かりやした。アナタに救ってもらったこの命だ。地獄の底までお供しやす」


 僕がウノさんにそう告げると、何故か本人は覚悟を完了してらへしまっていた。


 …………この人、大丈夫だろうか。


 僕は、ウノさんがあまりにも自分の生命を軽視し過ぎじゃないかと心配になる。


「後ろはお任せ下せえ!」


 そう元気に宣言するウノさんに、僕はひとつため息をつくのであった。


        ★★


 屋敷への潜入は、たいした問題もなく成功した。


「あり得ねえ………、絶対にあり得ねえよ…………。俺だけじゃなくて、こんな小さな少年までもフォローして潜入を成功させるなんて……」


 ウノさんが、屋敷を進む僕らの後ろでブツブツと何かつぶやいているが気にしない。


 僕が、他人から姿を見えなくする【不可視インビジブル】と、周囲に自分たちの音を聞こえなくする【消音ミュート】の魔術を同時展開すれば、目を見開いて大声で驚く。

 人狼の鼻をごまかすために地面の砂を体中にまぶせば、そんな方法があったのかと呆然とする。

 そんな感情豊かな人だから、何かと思うところもあるのだろう。

 

 放っておくことにしよう。

 

        ★★


 そしてやってきたとある部屋で、僕は次兄トリスタンの姿を見つける。

 その傍らには次兄トリスタンを慕って行動をともにしている【癒聖】の称号を持つクリスタ姉…………【クリスタ・フォン・フリカ】の姿もある。


「あのふたりが一緒にいるなら偽者ではないのかな…………?」


 クリスタ姉は、次兄以外の者にどうこうできる存在ではない。

 いろいろと悪い評判を聞いていたので、もしかすると次兄は偽者ではないかとも思ったのだが、どうやらその線は薄いようだ。


 僕はそう判断して、次兄に話しかけるべく姿を現そうとした…………その時、部屋の扉が荒々しく開かれて人狼ワーウルフに連れられてひとりの男がやって来た。


「おら、次のヤツを連れてきたぞ」


 人狼ワーウルフがそう告げると、次兄は気味の悪い笑顔を浮かべて舌なめずりをする。


「なるほど、いい締まりをしているな。フム………いきもいい。どうやら貴様は最高の木人形デクのようだ」

「ト、トリスタン様。いったい何があったというのです?急に命を預けろなどと言われましたが…………。いや、私は貴方のために生命をかけるのはやぶさかではありません。ですが…………」

「ん~~?なぁんのことかな〜?フッフフフ…………」


 人狼ワーウルフに連れられてきた男の人は、やっぱり次兄との知り合いのようだ。

 急にこんなところに呼ばれた理由を尋ねているが、次兄はそんなことに耳も貸さずに机の中から一本の注射器を取り出す。


「アレだ。アレを打たれて俺は…………」


 僕の真後ろで一緒に様子を窺っていたウノさんがそうつぶやく。

 どうやら、アレが街の外にある死体の山の原因らしい。

 何の効果がある注射なんだろう。


 僕がそんな考えを巡らせているうちに、次兄は男の人に注射を打ってしまう。


「トリスタン様ッ!いったい何を…………」


 すると、みるみるうちに男の人の身体に影響が現れる。

 身体の表面がボコボコと泡立つように膨張し、男の人は痛みを訴える。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!」


 やがて、まるで体内に仕掛けられた爆弾が破裂したかのように、身体の内側から爆ぜる。


「ひでぶッ!!」


 内臓と鮮血を飛び散らせて男の人は生命を奪われた。


「アレだ……、あの注射を打たれると、身体の中をかき混ぜられるような痛みがして……あああああ……………………」

「おい、ちょっ、ちょっと黙れよ!」


 当時のことを思い出したのか、ウノさんが体を震わせて錯乱状態に陥る。

 慌ててエギルがウノさんを抑えるが、大人の力を抑えきれるはずもなく、振りほどかれてしまう。

 【消音ミュート】の魔術をかけておいてよかったと胸をなでおろしつつ、僕はウノさんの首元に手刀を落として意識を奪う。

 ちょっとだけ、休んでて下さいね。


「おい、アル。どうするんだよ?」


 ウノさんを気絶させた後、惨状を目の当たりにしたエギルが、僕にこれからどうするか尋ねてくる。


「やることはひとつだけだよ」


 僕がそう言って視線を次兄トリスタンに向けると、彼はクリスタ姉に【浄化フェルブルア】の魔術を使うように命じて、血で汚れた身体や室内をキレイにすると、足元に転がっている肉片を蹴りつける。


「この程度の量に耐えられぬとは、なんと脆弱な肉体か!この役立たずがぁ!」


 僕は次兄のその姿を見て確信する。


 次兄は決して人の生命を弄ぶような愚かなことはしない。

 仮に実験をして犠牲が出たとしても、その亡骸を足蹴にするような愚挙はしない。

 何より、クリスタ姉をあんなに悲しませるようなマネはするはずがない。


 プチン、と僕の頭の中で何かがキレた音がした。


 僕は自身にかけた魔術を解除すると、次兄……いや、次兄の姿をしたに向けて、そこにあった椅子を蹴り飛ばす。


「いぎゃあっ!」


 俺が蹴った椅子を避けられずに直撃を食らった次兄のようなものは、悲鳴を上げてひっくり返る。 


「だっ、誰だぁ!?」


 頭を抑えながら起き上がった次兄のようなものは、僕の顔を見ながらそう叫ぶ。


 …………はぁ?

 …………誰だだぁ?


 やっぱりお前は次兄じゃないな?  


 僕は次兄のようなものを睨みつけ、親指で自分を指しながら声を荒げる。


「トリスタン!俺の名を言ってみろ!!」

 


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


このセリフを言わせたくてここまで来ました。 

もういつ終わっても本望です。





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