第61話 愚者の困惑

「すみませんすみませんすみません……」


 ついさっき蘇生したばかり男の人は、僕のことを【愚者】呼ばわりしたことを謝罪している。

 いわゆる土下座スタイルで、何度も何度も額を地面にこすりつける。


「いやいやいやいや、別に気にしてませんから…………」

「そういう訳にはいきません!助けていただいた恩人に、こんな無礼を働いてしまいました。心から謝罪をさせて下さい……」


 僕は男の人にそう話すものの、頑なに自分の考えを改めるつもりはないようだ。

 僕はどうしようかと途方に暮れていると、隣りにいたエギルと目が合う。


 何とかしてくれよ…………。


 僕が目でそう訴えると、エギルは大きく頷く。

 おおっ、すげえ。

 どうやら僕の思いが伝わったようだ。

 

 やっぱり、一緒に長い旅をしていると自然と互いが何を求めてるか分かるもんだね。

 もしかすると、これが師弟の絆ってヤツかな?

 僕がそんな考えを抱いていると、次の瞬間にそれは起きた。 


 ビッターーーーーーーーーーン!!


 エギルが、うるさいほどに謝罪している男の人のアタマを平手で殴りつけたのだった。

 男の人はハゲ……いや、少々髪が薄いために、エギルの手は直に肌を叩くこととなり、荒野に高い音を響かせる。


 うええええええええええええええええ!? 

 ちょ、ちょちょ、待てよ!!


「エギル…………、何でそんなことをしてんのさ…………」

 

 僕が思わずガックリと肩を落とすと、当の本人は何が悪かったのかと問い返してくる。


「えっ!?だって、さっき『ヤレ』って指示したろうが」

「いやいやいやいや、僕は何とかしてくれって訴えただけだからね…………」

「え〜っ、アレは絶対に実力行使をしろって目だったね」


 全然伝わっていなかったよ……。  

 ああ……、やっぱり師弟の絆なんて無かったんだ…………。


        ★★


「さすがはトリスタン様の弟君、見事なお手前ですなぁ。あっ、アッシは【ウノ】というチンケな男でさぁ。斥候職でちったぁ名も知れたモンなんですが、とある現場でしくじっちまって……」


 エギルに頭を叩かれて、一瞬だけ動きが止まった男の人…………ウノさんだったが、謝罪が必要ないと分かると今度は自分のことをペラペラと語り出す。


「いやぁ、トリスタン様に助けていただけなかったらここにはいやせんや。今回は、トリスタン様から、生命を預けて欲しいって連絡があったんでわざわざこんな僻地にやって来たんすが、まさかあんなことをされるなんてなぁ…………」

「いや、あの……、その……」


 僕が話の要領を得ようと、口を挟もうとするが一方的にまくし立てているウノさんは聞く耳を持たない。


「でも、おかしかったんすよねぇ。トリスタン様の隣りにゃちゃんと、クリスタの姉ちゃんがいたんすけど、アッシが話しかけてもどっかポーッとしてるっていうか、話が頭に入ってないっていうかね…………。そうそう、トリスタン様も、アッシのことを全然覚えてなかったようですし。これは何かおかしいってんで…………」


 どうしよう。

 ウノさんのマシンガントークが止まらないや…………。



 僕がエギルにチラリと視線を送ると、ひとつ頷いたエギルは再びウノさんの後頭部を平手で殴りつける。


 ビッターーーーーーーーーーン!!


 うんうん、今度は僕の思いがちゃんと伝わったな。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


目と目で通じ合うことは大切ですね。




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