第58話 愚者の熟考

 コソコソと【アウルム】の街を歩き回って分かったことがあった。


 この街には人に擬態出来る魔族が住み着いており、いわば魔王軍の前線基地となっていること。

 僕の次兄である【トリスタン】を頼って、この街に集まってくる人々が少なからずいること。

 そして、外からやって来た人々は、とある屋敷に入ったきり戻って来ることがないこと。


「普通に考えたら、屋敷の中で何かされているんだろうな…………」

「あそこで人体実験が行われてるのかよ」

「うん、おそらくはそうだろうね」

「でもよ、こんだけ魔族が取り囲んでいて、屋敷の中に入った者は出てこないのに、どうして人体実験をしてるなんて噂が立ってるんだ?」

「そこなんだよね。何だかやってることがチグハグというかさ…………」



 言い方は悪いが、この街は大きなゴキブリホイホイのようなものだ。


 次兄トリスタンという餌で人々をおびき寄せて、何らかの実験材料としている。 

 少なくとも集められた人々が外に出てくることはない。

 そう考えれば、人体実験の情報が外に漏れることは致命的だ。

 何故なら、単純にその噂に怯えて人がやって来なくなるから。


 だからこそ、情報統制は徹底していたはずなんだよね。 

 それなのに…………。



 僕がぼんやりとそんな事を考えていると、屋敷の中から大きな袋を抱えた男たちが現れる。


「…………なぁ、あれって、人狼ワーウルフだよな?」

「そうだね。見分けられるようになった?」

「まぁ、このタイミングで出て来るのはってのもあったんだけど、何となく……そう、ホントに何となくだけど違和感があったから……」

「それはどこ?」

「いや、ほら、先頭の男がちょっとだけ前のめりになっているような……」

「おおっ?そこが分かったの?」

「でもよ、事前にアルに説明されてなかったら、そんなこと絶対に気づかねえよ」

「いやぁ、それでもすごいよ。こんな短時間で違和感を覚えるなんて、才能の塊じゃないかい?」


 僕がエギルをそう褒めると、彼は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。


 エギルは、昔から人の顔色を覗って生きてきたせいか目がいい。

 それは単に視力がいいというだけでなく、相手の小さな挙動をも見逃さないという意味も含む。

 いったん相手の機嫌を損なえば、生命を失いかねない環境を生き抜いたからこそ得られた力。


 観察眼に優れているというのだろうか。


 これは明らかに稀有な才能だと思うんだ。


 

 だからこそ僕は、エギルにあらゆるものを見せてその才能を伸ばそうと考えている。


 もちろん、高いレベルの戦いなんかを見るのもエギルのためになるだろう。

 ………やっぱり、ウチの長兄ラーズに預けるのもアリかも知れない。


 まあ、とにかく。


 今回、エギルが人狼ワーウルフの挙動から違和感を覚えたことで、僕の考えが間違っていなかったと嬉しく思う。


 僕はニヤニヤしながらエギルを眺める。 

 するとエギルは、顔を赤くしながら荒々しい言葉を発するのだった。


「オラッ!早く追いかけねえと見失うだろうが!」


 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


まさか、また怒れずに終わるとは……。

次回はようやく話が動きます。





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