第56話 悪童の達観

 旧【カエルム神国】の一地方にある【アウルム】は、石造りの外壁が街全体を囲む城壁都市だ。

 外壁の最上部までは約10メートルはあるだろうか。

 オレはそんな外壁を見上げながら、傍らにいる【愚者】ことアルバートに尋ねる。


「この外壁を登るだって?おいおい、アタマは大丈夫かあ?」


 オレは突然そんなことを言い出した男を、少しは常識を考えろとばかりに睨みつける。


「なあ、バカなのか?バカなんだよな?だいたいよぉ、こんなところを簡単に登れたら外壁の意味がないだろうがよ」

「えっ?大丈夫だよ。思ったよりも石壁に凹凸があるからさ」

「いやいや、おかしいから、その考え。何でオレが出来ると思うんだよ?」

「僕が出来るくらいだからイケるイケる」

 

 ニッコリと屈託のない笑みを浮かべて、そう断言するアル。

 オレはその笑顔に毒を抜かれた気分になり、深くため息をつく。


 はぁぁぁぁぁ、やらなきゃならねえんだろうなぁ…………。

 言い出したら聞かないからなぁ。



 オレがこれまで一緒に旅をしていて気づいたことがある。

 それは、アル自身の考え方と常識とのズレが酷いことだ。  

 アルは自己評価が思いきり低いために、自分が出来ることは他人も出来ると思い込んでいるフシがある。


 ――――僕が出来るくらいだから。


 その言葉に、オレは何度騙されて死にかけたことか。

 ………………そう言えば一度死んでいたな。



「いいか何度も言うが、アルがそれだけ優秀だってことで、そうそう誰でも出来るワケじゃねぇからな」

「いいよいいよ、そんなにおだてなくてもさ」


 オレがアルに指を突きつけてそう言い返すと、アルはまたそんな事を言ってとばかりに何度も頷く。


 違ぁぁぁぁぁぁぁぁぁう!!


 事実だって言ってんだろうがよ!

 誰も出来ねえよ!


 オレは心の中で繰り返しアルを罵るが、この思いが伝わることはないようだ。


       ★★


 さあやってまいりました。

 命がけの壁登りチャレンジ。


 果たして、月明かりしかない暗闇の中、高さ10メートルの外壁を一気に登る事ができるか。


 仮に登って行けたとしても、高い位置から落ちれば生命に影響を及ぼすことは間違いないありません。

 

 どうせ生き返るんだろ、とは言わないで欲しい。

 死ぬ恐怖はそう何度も味わいたくはないんだから。 


 オレがそんな風に現実逃避していると、アルがニコニコと笑みを浮かべてやって来る。


「じゃあ行くよ。僕が先に行って、足場にマーキングをするから、それを辿って来ればいいよ」

「マーキング?」

「ああ、やって見せた方が早いかな?」 


 そう言ってアルは、外壁に手を触れると無詠唱でとある魔術を展開する。 

 

 次の瞬間、外壁に小さく明かりが灯る。


 それは【灯火ルクス】の魔術だった。


「それをこんな風にね」


 アルが次に手を触れた場所にまた明かりが灯される。

 さらに手を触れた場所にも同様に、次々と明かりが灯っていく。


「えっ?えっ?これを上まで繰り返すのか?」


 思わず聞き返すオレに、アルは当然とばかりに頷く。


「明かりは小さくしてるから、魔力的には問題ないよ」


 違ぁぁぁぁぁぁぁぁぁう!!


 オレが言ってんのは、この明かりを何個もするのかってことだよ。


 あまり魔術に詳しくないオレだって、複数の魔術を同時に展開することは不可能に近いってことは知ってるぞ。

 確か、ふたつ同時に魔術を展開できるだけでも【双魔ダブルキャスト】と呼ばれて一目置かれるとか。


 それが、オレの目の前では、数えるのもバカらしくなるくらいの明かりが灯っている。


 アルがオレに良いところを見せようとペタペタとあちこち触っては明かりを灯してるから、この一面だけ昼間のような明るさになってんじゃねえか。


 うん、この男は魔術でも規格外だったわ。


 オレはどこか達観した目で、笑顔で壁に触れて続けているアルバートの姿を眺めるのだった。


 おい!いい加減、明かりを消さねえと誰かに見つかるからな!


 


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★




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