第55話 隠聖の覚悟

「まずは王を守りなさい!」


 私の名前は【ペトラ・グルース】


 かつて勇者とともに魔王を討伐した【盗賊】の末裔。

 【隠のグルース】で【隠聖】の称号を得る立場の女だ。 


 私は今、王宮にみすみす魔王軍の尖兵の侵入を許した部下に苛立ちを覚えながら、迎撃の指揮をとっていた。


 尚武の国【カリブンクルス王国】は、かつて魔王軍に攻め滅ぼされ支配の憂き目に遭っていたが、【勇者戦術ブレイブ・アルテース・ベルリー】伝承候補4兄弟の長兄【剣王】ラーズによって開放された過去を持つ。


 国を開放したラーズを国王として迎えた現在、対魔王軍の最前線として日々戦いに明け暮れている地ではあったが、王宮内部にまで敵兵の侵入を許したことなどいまだかつて無かった。


「何で、こんなに分かりやすい敵を見逃すのよッ!」


 私が懐から棒手裏剣を取り出すと、刹那の間もなくひとりの男に投げつける。


「なっ!?ペトラ殿ッ!貴方は何をッ!」


 突然配下の者を殺すという私の凶行を見咎めた王国宰相【エドワード・フォン・アルコル】は、こめかみに青筋を立てて怒鳴る。


「なん……だと……?」


 だが、その怒りは長続きしなかった。


 私の棒手裏剣を眉間に受けた男が、みるみるうちに虎の姿に変わったのだから。


「こんな近くにいただと……?」

「人の姿を取れるのだから、潜り込むのは難しくはないわね」


 私は青ざめた顔をして震え始めたアルコル宰相にそう告げる。


 そもそも、私たちは全ての国民の顔を覚えている訳では無いのだ。

 人の姿をした者に仲間だ、国民だと言われれば鵜呑みにしてしまうのも仕方のないこと。


 しかし、そんなやすやすと敵に潜入されないために裏事を一手に担う私たち影の者がいるというのに。

 私は再びこの惨状を招いた部下たちの体たらくを思い出しては、荒々しく舌打ちをするのだった。



 王宮に侵入した敵兵は人虎ワータイガーの一団。

 どうやら、情報収集で私がしばらく王都を離れていた隙に潜り込まれていたようだ。



 私はアルコル宰相とともに王の間へと向かうことにする。

 まずはラーズ王の安全を確保しなければと気が急く。


 その途中にも私は何人かの人虎ワータイガーを見つけては息の根を止めていく。


「な……なぁ、何故そんなに簡単に見抜けるのだ?」


 そんな中、私のについて来たアルコル宰相が震えながらそう尋ねるので、私は簡単に説明する。


「見てわかるでしょ?アイツらワータイガーは身体の重心が人のそれと違うから、立ち姿だけで見分けがつくのよ」

「そ、そんなこと初めて聞いたぞ……」

「どうしてこんなに分かりやすいのに気づかないのかしらね」


 私はそう言ってため息をつきながら、王の間へと足を早めるのだった。


         ★★


「あら……」

「ひいいいっ!」


 私とアルコル宰相が王の間の大扉を開くと、そこは一面の血の海だった。


「遅かったな」


 そう言って不敵な笑みを浮かべた王の姿は返り血で染まっていた。


「申し訳ありません。全ては私たち影の者の責任です。この咎はいかようにも…………」


 王宮に侵入者を許したばかりか、あろうことか王にまでその手を汚させてしまった。


 王からも、事ここに至ったことへの怒りが滲み出ている。

 重いプレッシャーが王の間を包んでいる。



 この罪は私の首ひとつで賄えるだろうか。



 いくら情人の私でも、処罰は免れないだろう。

 今回のような明らかなミスを、そのまま有耶無耶にするような人ではないことは私自身がよく知っている。


 王に危害が及んだ罪には罰が伴うものだ。

 私が死を覚悟していると、ラーズ王が怒りにうち震えながら問いかける。


「俺には見抜けなんだが、お前たちはこの虎どもは見抜けるのか?」


 その問いかけは、今の私にはとても痛いものではあったが、どのみち隠してても仕方ない。

 どうせ処罰されるのだと、私は素直に答える。


虎人ワータイガーたちは、人と重心の位置が異なるので、私は見抜けましたが、部下たちには荷が重かったようです」

「となれば、隠聖クラスでなければ見抜けぬと?」

「そうですね……このザマでは高位の部下でもダメだったようです。あっ、でも私の他にあとひとりは確実に見抜ける者がおりました」

「それは誰だ?」


 私が責任を取って死を賜っても後事は大丈夫だとの意味も込めて、私はその人物の名を告げる。


「アルくんです」

「…………アヤツアルバートだと?」

「ええ、彼ならば私がおらずともきちんと見抜くことでしょう」


 私はそう断言する。


 そもそも、この見抜き方のヒントをくれたのは彼だったのだから。

 かつて共に鍛錬をしていたころ、歩き方がおかしな者がいると相談を受けたのがきっかけだった。

 彼の説明によれば、その者は人が歩くときよりも重心が前にあるとか。


 その結果、彼が指摘した歩き方がおかしい者は魔王軍の斥候職にあった人狼ワーウルフと判明し、私自身もその見抜き方を身につけるに至ったのだから。


 もちろん、配下の者にも人に擬態した魔族の見抜き方を教えてはいたが、私や彼ほどの目を持つには至らなかったのだった。

 

「フッ、フハッハッハッハ!」


 私がそう告げてラーズ王の沙汰を待っていると、突如として頭の上から王の笑い声が聞こえてきた。

 それとともに、先程まで張り詰めていた怒りの雰囲気が雲散霧消する。


 私が恐る恐る頭を上げると、そこには額に手を当てて呵々大笑する王の姿があった。


「そうか、アヤツも…………。うぬ。アヤツとお主くらいしか見抜けぬと言うならば仕方あるまい」

「えっ?」

「それほどに高度な技術を他者に求めるのも酷な話よ。のう、エドワード!」

「はっ!」

「警備体制を改めよ。それで今回の件は終わりとする」

「仰せのままに」

「そうかそうか……、そこまで難度の高い技術であったか……」


 そう言って満足そうに頷くラーズ王の姿を見て、私はここにはいない【愚者】に思いを馳せる。



――――どうやら、貴方のおかげで命拾いできたみたいね。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


お兄ちゃん、愚弟が評価されたことで満足したの図。


人狼ワーウルフ人虎ワータイガーは潜入に一族の存在意義を賭けてますから、そう簡単には見抜かれないのです。

どこぞの愚者は、誰にでもできると勘違いしてますが…………。


すごい技師なんだと知ってもらうために、隠聖にはわざわざ死を覚悟してもらいました。


休んでいた間、ぼんやりと先を考えていましたので意外とこちらの方が書きやすかったりしますね。



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