第54話 愚者の潜入

「にょほほほっ、とっつぁ〜ん」


 なんだろう、無性に言いたくなったんでポロッと口にしてみたが、なんとなく今の状況にとてもマッチしているように感じた。


「アルゥ〜、アタマは大丈夫かよ?」


 隣のエギルが冷たい眼差しで見つめてくるが、知らんぷりをする。



 僕たちは、次兄トリスタンが身を寄せているという、旧【カエルム神国】の地方都市【アウルム】へと足を踏み入れていた。

 噂を聞いたところでは、魔王軍に攻め込まれて難民となった人々が集まっているとは聞いていたが、やっぱり嘘だった。

 そこで僕たちは、真正面から街に入るのではなく、夜陰に紛れて潜入することにしたのだった。


「なぁ、こんなにコソコソ隠れる必要があんのか?」


 建物の陰に隠れて街の人々の様子を見ていると、エギルがそう尋ねてくるので、僕は理由を説明する。


「うん。どうやら、この街は完全に魔王軍に占領されているみたいだね」

「はぁ?だって、あんなに人が歩いてるじゃねえか」

「いやいや、アレはみんな人狼ワーウルフだよ」

「はぁ?」

「よく見てよ。人とは立ち方や歩き方が違うからすぐに分かるよ」

「……分からねえよ」

「まぁ、エギルはまだ子供だから仕方ないよね」

「いやいや、大人になっても分かる気がしねえって…………」


 エギルがそう反論してため息をつく。


 何で分からないかな?

 こんなにあからさまなのに…………。


 人狼ワーウルフ人虎ワータイガーのような人に擬態する魔物だけど、よく見ると立ち姿や歩き方がぎこちないことが分かるはずだ。


 そもそも、四本の足で歩く身体の造りをしている人狼ワーウルフたちが、二本足で立ったり歩こうとすること自体に無理があるんだ。


 よく犬や猫が二本足で立つのを見かけるが、その時のことを思い出して欲しい。

 犬や猫は一生懸命に立っているけど、やや前傾ぎみでガニ股の変な立ち方になってるよね?

 人狼ワーウルフたちも同様で、アイツらが二本足で立つと、人とは異なる。


 まぁ、人に擬態するくらいだから、立ち姿も歩き方も人のそれに寄せては来るけど、全体的なバランスとか、体重移動の仕方とかがやっぱり違うんだよ。


 僕がそう丁寧に説明すると、エギルは可哀想な人を見るような目で僕を一瞥すると、ゆっくりと首を振る。


「誰もがそんなことを見抜けると思うなよ」

「ええっ?あんなにあからさまなのに?」 

「さっきからそう思って見てるけど、違いは一切分らねえからな」

「それはエギルが……」

「ガキでも大人でも絶対に分かんねえよ!」


 僕の言葉に被せ気味に断言するエギル。


 ぐぬぬぬぬ…………解せぬ。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



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