第44話 剣聖の忿怒

……………………はぁ?


 私はたった今、通話士からの報告を聞いたはずだ。

   

 だが、そのあまりにも有り得ない内容に理解が追いつかず呆けてしまった。



――――【カエルム神国】の【ウィヌム地方】を開放から援軍を頼む。



 それは、紛れもなく【遠話トーク】の魔術が使える通信士からの報告だ。

 相手は【愚者アルバート】らしい。


 えっ!?

 アイツは何をしてくれてんの?


 それよりも、【カエルム神国】って今は魔王軍四天王のひとり【聖杯ハート】の【コシチェイ】が治めていなかったか?

 倒したのか?

 いや、倒していないから地方だけなのか?


 次から次へと疑問が浮かんでくるが、誰もその答えは持っていない。


「おい、詳しい事情を話せ!」

「そ……、それが……」

「それが、だと?何だ?何がある?」


 私は、言いよどむ通話士の肩を揺すって、続きを促す。 

 愚者アイツ絡みだ、絶対に何か他にもある。

 そう考えてしまう私は決して悪くないはず。


 すると、通信士は申し訳無さそうに答える。


「アルバートさまとあまりにも離れているために、こちらからの【遠話トーク】が届かないのです」

「はぁ?」

「もちろん、我々も選ばれた者です。国内においてはどこにいても【遠話トーク】を届ける自信があります。ですが……他国ともなると……」

「届かないのか!?」

「はい、我々の力では……」

「ならば、どうしてこの話が届いたのだ?」

「一方的に【遠話トーク】が届いたのです」

「一方的に!?お前たちでも届かないのに!?」

「おそらくは、アルバートさまの魔力が桁違いなのかと……」

「ああ、そうだった……」


 その答えを聞いた私は思わず天を仰ぐ。


 アルバートのヤツは魔術にも優れていたんだった。

 アイツは、その身に宿った膨大な魔力にモノを言わせてゴリ押しをする男だった。

 アイツ以上の魔術師と言えば、私は当代の【勇者】様しか知らない。


「それにしても……」


 多少落ち着いた私は、ことの重大性を考えると動揺を隠せない。


 おそらくは、この【遠話トーク】はアイツからのものに間違いない。

 通話士ですら返信できないほどの距離からの【遠話トーク】ということがそれを裏付けている。

 と、なれば今後の対応が重要になる。


 魔王軍との戦いは、いわば陣取り合戦だ。

 これまでに奪われた人族の領域を、いかに取り戻すかがこの戦いの主眼でもある。


 これまでに取り戻したのは、【勇者】様が【エーデルシュタイン公国】の一部、【剣王】様が【カリブンクルス王国】全土の二例のみ。


 我が帝国は、辛うじて均衡を保っているものの、他の国々では、ジリジリとその領土を失っている現状にある。


 これが本当なら…………否、本当だろう。


 これは、人族において三例目となる貴重な勝利だ。


「ヘロン卿」


 そんなことを考えていると、執務室の戸がノックされ、やんごとなき身分の方々が現れる。


 帝国宰相の任に就く【キグナス大公】と【帝国の玉姫ぎょくき】であらせられる【リンフィア】第一皇女殿下であった。

 そして、皇女殿下の隣には、先日保護をされて、現在は王城において淑女教育を受けている【シュヴァルツシルト】伯爵の忘れ形見の【エイル】嬢の姿もあった。


 突然の来訪に、慌てて臣下の礼を取る私であったが、皇女殿下はそれを制して言葉を続ける。


「今は礼儀は不要です。それよりも、お聞きになりましたか?」

「カエルムのことですね」

「そのとおりです。これは誇るべき成果ですね。もう、偉業と言っても過言ではありませんよね?そうなると、いよいよ私のお婿さんになるのは決定事項ですね…………」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべて幸せな未来にトリップしてしまった。

 敬愛する皇女殿下は、最近では身近な者の周りでは本音を隠そうともしなくなっていた。


「お姉様、お兄様は大丈夫なのでしょうか?」


 すると、そこへエイル嬢が不安を口にする。


「旦那様がいるので大丈夫です」


 皇女殿下が、なんの裏づけもないものの、そんなことを断言する。

 その全幅の信頼には苦笑いしか出ないが、もしもあの少年に何かあれば【遠話トーク】の内容は変わっていただろう。


――――エギルが怪我をしたからから援軍を頼む、と。


 アイツはそんな男だ。

 だから私は、小さな少女を安心させるために言葉を紡ぐ。


「愚者は何よりも人の生命を大切にするヤツです。万が一、エギルくんに何かあれば、真っ先に助けを求めることでしょう。それがないということは…………」

「無事、だと……?」

「ええ」


 私がそう告げると、少女は【奇蹟の瞳アースアイ】と呼ばれる瞳に涙を浮かべながら笑顔になる。


「良かったわね、エイル」

「お姉様……」


 そんな少女に優しく声をかける皇女殿下。

 皇女殿下にしがみついて泣くエイル嬢の様子を見ていると、ふたりが本当の姉妹のようにも見える。


「フフフ……、仲良しでいいことだ。それよりも、ヘロン卿、君はこれがアルバート君の偉業に間違いないと考えているのかね?」


 すると、そんな私に帝国宰相閣下が質問を投げかける。


「間違いありません。通話士が返信を送れないほど遠くからの連絡。突拍子もないことをしがちな性格から考えれば、この内容も理解できます。だいたい、『』ですからね」


 私はその問いに理論建てで答えようとするが、アイツのニヤケ顔を思い出してついつい語調が乱暴になってしまう。


「そもそも、これがもしも魔王軍の策だとしたら、絶対にこんなアホな【遠話トーク】は寄こさないはずでしょう」

「フフフ……。やっぱり君に聞いて正しかったようだ。最近、カエルムのあたりで彼の義兄トリスタンの姿を見たという情報があったから、逢いに行ったのかな?」

「そして、なんやかや巻き込まれてこの有様、と……」

「うん。彼ならやりそうだね」


 宰相閣下が満足げにうなずくと、皇女殿下は頬を膨らませて可愛らしい抗議をする。


「ほらぁ、だから言ったではありませんか」

「いやいや、姫の言う『アルバート様らしいから』ってことだけでは、軍部を説得出来ないんだよ」

「む〜〜っ」

 

 不敬な言い方になるが、最近の皇女殿下は年相応の少女のように見える。

 宰相閣下の言葉を借りるなら『恋を知ってちょっぴり素の自分が出た』ということなのだろう。


 そんなやり取りをしているふたりに、私は今後の対応を提案する。


「せっかくの勝利です。ここは、速やかに応援を向けて橋頭堡を確保するべきでしょう。私に命じていただけるなら、速やかに軍を率いて向かいます」


 私がそう告げると、宰相閣下と皇女殿下が示し合わせたかのように首を振る。

 ………………おいおい、そっくりだなこの伯父と姪。


「ダメです」

「そう、君はダメだ。帝都の守りが疎かになってしまう。私は【弓聖】に一軍を率いて向かってもらおうと思っているんだ」

「【弓聖】……。まさか、あの女が…………」

「ああ、どこぞの愚者様が立ったと聞いて、乗り気になったみたいだね」

「それは……」


 私の脳裏に、今代の【弓聖】の姿が思い浮かぶ。

 弓の腕は立つが、不羈奔放で危なっかしい女性。

 最後に遭ったのは、勇者の選考会議のときだろうか。


――――アタシは自分より弱いものの下に就く気はないさね。


 そう言って、表舞台から姿を隠したはず。

 それがまさか……。


「ああ、彼女は性格はともかく、その腕前は間違いないからね」


 確かに、彼女が動くならば何も問題はないな。

 どうやってアルバートが開放したのかは分からないが、どんな状況でも彼女ならどうとでもなる。

 何しろ、遠距離戦では世界での実力の持ち主なんだから。


 こうして、あの愚者アルバートの尻拭いに一軍が動くことになったのだった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


それこそ、買い物に行くくらいの気安さで隣国に向かえばこの有様ですよ。

どんだけ周囲を巻き込むやら。


まさに、愚者ですね。


しかし、剣聖は書いていて楽しいです。

ついつい、いつもの三倍以上の文字数に。


恐るべしシュルト。


ちなみに、ヘロンとは、シュルトの姓です。



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