第39話 愚者の心痛


 あ…ありのまま。 

 あ…ありのまま 。


 今、起こってる事を話すぜ!


「僕は、義兄にたかりに来たら、いつの間にか大勢の怪我人や病人を癒やす羽目になっていた」


 な…何を言っているのか……。 

 分からねーと思うが……。 


 僕も…。

 何があったのか……分からなかった…。


 頭がどうにかなりそうだった…。

 催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。


 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。


         ★★                     



 はい。

 ちょっと現実逃避してみたアルバートです。



 僕はエギルとともに、次兄がいると聞いていた奇跡の村にやって来たのだが、どうやら不在の様子。


 そのうちになんやかんやあって、僕が大勢の患者さんを癒やすことになってしまう。


 どこから聞きつけたのか、我もわれもとたちまち人が集まり、気がつけば果ても見えないほどの長蛇の列。


 中には急を要する人もおり、判断のミスが生命を落とすことにもなりかねない。

 あまりのプレッシャーに少し緊張する。

 それでもやるしかないよね。



 治療を始める前に、どんな順番で彼らを癒やして行けば良いのかと考えていると、エギルからひとつの提案を受ける。


「もういちいち容体なんて確認してる余裕なんてねえんだろ?だったら、並んだ順から片っ端に治してけばいいだろ」

「えっ!?」


 まさかのスパルタ?

 しかも並んだ順?


「俺がみんなに話してくるよ。とりあえずは先着順だって」

「でも、それだと病が重い人は……」

「どっちみちアルがいなけりゃ死んでたんだ。生きる可能性があるだけ儲けもんだろうが。とにかく順番を最優先。動けないのは治療を終えたヤツに頼んで連れてきてもらう。これでいいな」

「う……うん」

「よし!決まりだ!」


 そう言ってエギルは広場から走って行く。


 路地裏スラムで生きてきただけあって、こんな緊急時にはシビアな面も見せるけど、とても合理的だと思う。


 いちいちチェックしてる暇があるなら、片っ端から癒やしていけなんて暴論はなかなか言えることではない。


 ………………ん?


 結局、僕の負担が大きくなるだけでは?


 そんなあたりまえのことにようやく思い至る僕。


「あのぉ〜。そろそろ診ては貰えませんでしょうか」

「あっ、はい!」


 何かとても重要な事実にたどり着いたような気もするが、それを吟味することもなく治癒に忙殺されていく。


 それにしても、こんなに多くの患者を放り出して、義兄さんはどこに行ったのだろうか?


         ★★


 もう何人治療したのか分からない。


 だんだんと流れ作業になっていく中、僕にも疲れが見え始めて来た。


 そんなとき、やたらと身なりのいい男が並んでいる人々を押しのけてやってくる。


「金は払う。ワシのことを診てくれ」


 ああ、まただ。

 これまでに、もう何人もやって来た順番飛ばし。


 ひとりでもこれを許せば、俺も俺もと押し寄せるだろう。

 ここまでかろうじて均衡を保っているのが、一瞬にして崩れてしまう。


「断る」


 何でそんなことも分からないかなぁ……。


 疲れていることもあり、ついつい口調が強くなる。


「はぁ?」

「列の最後に並んでくれ。順番だ」

「何じゃと?このワシを……」

「誰でもいい。みんな待っててくれてるんだ。アンタだけを特別扱い出来ない」


 いかにも自分は特別だって顔をしているが、こっちはそんな余裕はないんだよ。

 ほら、次の人が不安そうな顔をしてるじゃないか。


「金は払うと言っておろうが」

「じゃあいい。僕が動く」  


 これ以上は議論している暇はないと、僕が次の人のもとに移動して治癒魔術を展開する。


「ふざけるな!このワシを誰だと思ってるんじゃ!ワシをバカにしおって!!」


 どうやら、怒って帰ってしまったようだ。

 地面に投げつけた杖が粉々になっている。


 おお〜怖っ。



「…………あの……。良かったんですか?」

「えっ?何が?」


 片腕を失っていたその人は、自分の腕が再生されたことに喜びつつも、先程の偉そうな人への僕の対応に申し訳無さそうにしていた。


「私が少し待てば良かったのかなと思ったりしまして……」

「それが、あなたの後ろの人全ての総意なら、僕は治療してました。でも、そうではありませんからね。実際に、もっと重い病気の人もこのあとにいるかも知れない。場合によっては待ってる間に亡くなってしまう可能性だってあるんです。それでもこうやって、みなさんはキチンと待っていてくれる。だから、特例は作っちゃいけない。それが僕のやるべきことだと思うんですよね」

「ああ……。貴方という方は……」

「はい、これでおしまいです。お大事にして下さいね」

「ありがとう……ありがとうございました。このお礼は…………」

「別に手間をかけたわけではないのでいりません」

「はっ!?」

「僕が疲れる程度のことなら、たいしたものではないので大丈夫です」

「ですが……」

「次の人がいるので、お話はこれで終わりですよ。もしも、助かったと思うなら、今度は貴方が誰かを助けてあげて下さい。それで結構です」

「あっああ……」


 僕は微笑みながらそう告げると、次の人の治療にあたる。


 そこに、人の列や患者の様子を見に行っていたエギルが帰って来る。


「どうだった?」


 治療の手は止めずに、僕はエギルにそう尋ねる。


「いやぁすごい人数だな。あと半分ってとこか」

「まだ半分か……。日が暮れちゃうね」

「みんな、アルの兄貴に治療を受けに来たのに、ここ数週間は姿すら見かけないらしい。だから、こんなに患者がたまっちまったんだろうな」

「どこに行っちゃったんだろうな……。それよりも、他の人の容態はどう?」

「ああ、何人かすごく具合が悪そうな人もいたが、順番までは待てるとさ」

「それはありがたい」

「苦しいのは自分だけじゃないってさ。みんな、他の人に優し過ぎて頭が下がるぜ」

「そっか……。そんなことを言ってくれる人もいるのにね…………」


 そう言って僕は、先程大騒ぎした人物についてエギルに伝えた。


 他の人を思いやれる人がいる一方で、自分のことだけしか考えられない者もいるということを。


「あれか?さっきすれ違ったヤツ。やたらと小綺麗な格好をしてたな」

「多分ね。すごく怒ってたよね」

「ああ。だけどよ、んなことをいちいち気にしちゃ仕事も進まねえよ」

「そうだね。とりあえずは目の前のことをする」

「だな」


 さっきの件は、後でうじうじと考えればいいことだ。


 それよりも、優先順位を間違えちゃいけない。


 今はこの人たちを助けることが第一。


 僕は【愚者】なんだから、よく考えて動かなくては。

 そう自分に言い聞かせながら、次々と患者たちを癒やしていく。


 すると、その様子を見ていたエギルが、ため息混じりに感心する。


「ってか、アルってホントにスゲエな」

「えっ?何で?」

「だってよぉ。オレとこうして話ししながらも、ちゃんと患者の様子を診ては、きちんと癒やしてるじゃねえか。一度にふたつもの作業が出来るヤツってなかなかいねえぞ」

「ああ、これかい?実はさ、僕って、一度に複数のことをするのは得意なんだ」

同時作業マルチタスクってヤツだろ?もっと自慢しても良いんじゃないか?」

「いや、これは必要だったから必死で覚えただけで……」

「必要?」

「うちの義兄弟って、長兄を除くと剣を使える者がいなくてね、いつも僕が長兄の練習相手になるんだよ……。でも、僕もそれほど強い訳じゃないから、あんなバケモノに勝てるはずがないじゃないか。それなのに毎日毎日手合わせを強制されるんだ」


 だんだんと当時のことを思い出して来て、ドンヨリとした気持ちになる。

 それでも、治療の手は止めてないけど。


「止めてくれって言っても、笑顔で殺しにくるんだよ…………。剣で戦いながら、治癒魔術で自分自身を癒やさないと確実に殺されるんだ…………」

「ああ」

「両手で剣を持たないと力負けするから、片腕を切られたら即治療しないと……。足を切られたら、機動力が落ちて斬り殺されるから…………」

「なんと言えば……」

「ああああああああああああああああ、義兄さん、もう止めてくれよおおおおおおお!」


 あの地獄のような日々が克明に蘇り、一瞬錯乱状態に陥る僕。


「だっ、大丈夫ですか」

「…………はい、お気になさらず」


 あまりの取り乱しように、患者さんにまで大丈夫かと聞かれる始末。

 大丈夫です。

 決して手は止めません。

 じゃないと死んじ……あれ?違う違う。


 ここには長兄はいない。

 いないんだ。


 スーハースーハー。

 

 深く息を吸い、それをゆっくりと吐き出して、ようやく落ち着きを取り戻す。

 やばいやばい。

 どうやら、かなりトラウマになっていたようだ。



 こうして僕は暗澹あんさんたる思いを呼び起こされつつも、何とか最後のひとりまで治癒することができたのだった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


まだ10万文字に至ってはいませんが、本作品でもカクヨムコンにエントリーしています。

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