第42話 奸商の傲慢

 ワシの名は【ブンザ・キノクニヤ】

 船荷を扱う商人じゃ。


 丁稚から身を興して早45年。

 今ではワシの商会【キノクニヤ】は、大陸各地に支店を持つ。

 人はワシのことを【豪商】、口の悪い者は【亡者】と呼ぶ。

 そう、【金の亡者】と。


 この世の中は須く金が支配しているのだ。


 ゆえに、誰よりも金を持っているワシは、誰よりも崇拝されるべきだと思っておった。


 ………………ある男と出会うまでは。


          ★★


 その村を訪れたのは、体調が優れなかったワシを診てもらうためじゃった。



 ここ最近、心の臓の調子が悪く、突如として締め付けるような耐え難い痛みが走ることが増えてきたからじゃった。


 


 そもそもワシは、医者を信頼しておらん。


 かつて、主治医が買収され、ワシは知らず知らずのうちに毒を盛られていたということがあったのじゃ。

 そして、その犯人が、ごく身近な人間で全てはワシの財産を狙ってのことだと知ったとき、ワシは人を信ずることを止めた。


 親兄弟といえども所詮は他人。


 決して分かり合えることないと。




 それでも今回、ワシが奇跡の村へと向かったのは胸の締め付けがいよいよ耐え難くなってきたからじゃった。

 ここに至れば、さすがにワシでも理解する。


 さすがに何らかの手を打たねば死ぬ、と。


 そこで白羽の矢が立ったのが、【聖者】と名高い元【勇者戦術ブレイブ・アルテース・ベルリー】伝承候補者の【トリスタン】が滞在しているという【奇跡の村】へ向かうことじゃった。


 さすがに、【聖者】ともなれば、悪事に加担することも、買収をされることもないだろうとの判断をしたからじゃった。


         ★★


 奇跡の村までの道程は順調じゃった。


 魔物や盗賊に遭遇することもなく、天気も快晴続きじゃった。


 見ろ、この満天の星空を。

 ワシの旅路を祝うかのようではないか。


 あまりにも空が澄んでいるため、7つに連なる柄杓ひしゃく星に、寄り添うように光っている小さな星までよく見えるわい。


 ワシは野営で見上げた夜空に、そう思ったものじゃった。


          ★★


 そうしてたどり着いた奇跡の村じゃったが、ここで問題が起きた。


 ここ数週の間で、【聖者】が村に姿を現さなくなったらしい。


 噂では、村を離れて近くの街に移り住んだとか、山城に籠もって夜な夜な怪しげな人体実験を繰り返しているとか。


 これはいったいどうしたことじゃ。


 ワシは村に着くなり、そんな噂を聞いて愕然とする。


 情報を第一とするワシとすれば、どうしてここに至るまでその噂を聞かなかったのか。

 移動中も頻繁に情報のやり取りをすべきだったと、今更ながら激しく後悔する。


 聖者にパッパと癒やしてもらうつもりじゃったワシは、ついに進退窮まる。



 どうする、帝都に戻るべきか?

 一か八か近くの医者に診せるべきか?



 そう逡巡していたワシの耳に、おかしな噂が届いたのはまさに偶然じゃった。

 たまたますれ違った貧民たちがそんな会話を交わしていたのじゃった。



 曰く、ひとりの旅人が無償で人々の治療をしている、と。

 曰く、その旅人の力量は、かの【聖者】にもひってきする、と。


 

 さすがにそんなことはあるまいと、ひやかしのつもりで覗いた広場で、ワシは奇跡を目撃した。


 そこには延々と連なる患者の列。

  

 それを流れるように治療しているのは、青い髪をした冴えない男。

 一見すれば、ウチの下働きよりもパッとしない男じゃ。

 じゃが、その男は明らかに死にかけている者を快癒させ、身体の欠損部位すら復元していたのじゃった。


 明らかに常人とは思えないほどの治癒魔術。


 話に聞いた【聖者】に匹敵するというのも、まんざら嘘ではないようじゃ。



 たまたま見かけたこんなに冴えない男が、ワシの財産を狙う者に買収されているということもないじゃろう。

 そう考えたワシは、この者に診てもらおうと患者の列をかき分ける。


 どけ。

 貧乏人どもが。


 やがて、ワシは男の前にたどり着く。


「金は払う。ワシのことを診てくれ」


 そう告げたワシを、男は冷ややかな目で見つめる。


「断る」

「はぁ?」

「列の最後に並んでくれ。順番だ」

「何じゃと?このワシを……」

「誰でもいい。みんな待っててくれてるんだ。アンタだけを特別扱い出来ない」

「金は払うと言っておろうが」

「じゃあいい。僕が動く」  


 そう言って男は、ワシの後ろの患者に向かっていく。

 もはやそこに、ワシへの関心など一切見受けられなかった。


「ふざけるな!このワシを垂れだと思ってるんじゃ!ワシをバカにしおって!!」


 そう怒鳴ったワシは、持っていた杖を地面に叩きつけると、その場を離れるのであった。



           ★★


「クソがぁぁぁぁぁ!!!」


 ここは、奇跡の村にある古ぼけた宿屋の一室。

 ワシは宿屋の安酒を呷りながら、日中の出来事を思い出しては苛立ちを隠せずにいた。


「このワシに最後尾に並べだと?誰にそんなことを言っておるのじゃ!」


 時には下手な貴族すら頭を下げる、大商人であるワシにあの失礼な態度は何じゃ!

 絶対に許さん!

 あの男をどうしてくれようか。

 ワシほどに金があれば、あんな男を追い詰めることなど容易い。

 この屈辱を晴らすために、徹底的にやってやる。


 そんなことばかりを考え続けておった。


「旦那さま、お酒はほどほどになさいませ……」

「うるさい!ワシのすることに指図するな!」


 ワシは、心配する側近にそう怒鳴り返す。

 指図をされると、あの男の顔が蘇り、さらに怒りが大きくなるのじゃった。

 誰に指図しておる!


「ああああッ!もう、酒が無いぞ!おい!酒を………………うぐッ!」


 空き瓶を投げ捨てたワシは、側近に酒を追加しろと命じる。

 と、そのとき。


 ワシは心の臓に激しい痛みを感じる。


「うぐぅ、がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 胸を抑えて転げ回る。

 その衝撃でテーブルの上の料理が散乱するが、気にする余裕もない。

 普段であれば、数秒で収まるはずの痛みがいつまでも続く。

 尋常ではない痛みに、これはマズいと思うが時すでに遅し。

 痛みがあるレベルを越えた瞬間、プツリと目の前が真っ暗になり意識が失われていく。


 ワシは本能的にこれが死だと確信する。


 同時に生前の様々な思い出が頭を過る。


 ああ……、こんなことで死ぬとは……。

 もっと、いろいろとやりたいことがあったのに。


 そんな想いを抱きつつ、ワシは闇へ闇へと堕ちていくのであった。




          ★★


「知らない天井じゃ……」


 目が覚めると、そこは宿屋のベッドの上じゃった。

 こんなに生々しい冥府があるのかと訝しがった瞬間、ワシは腹に重みを感じる。


「旦那さまぁぁぁぁぁぁ!!」


 それは、ワシにすがって泣いている側近じゃった。


「何が……?」

「旦那さまはお亡くなりになっておりました」


 それは分かる。

 あれは間違いなく、死出の旅であった。


 ん?

 じゃと?


 すると、ここは現世なのか?

 

 ワシはそんな疑問に囚われる。

 やがて、側近の口からその答えが説明される。


「こちらの……こちらの方々がお見えになって、旦那さまを蘇生していただいたのです」

「なん……じゃと……?」


 そう聞いたワシが視線を上げると、そこには日中にワシが怒鳴りつけたあの男と、生意気そうな小僧の姿があった。


「お主たち……は?」

「ひととおり治療が終わったので見に来たら、死んでいたので驚きました」

「まさか……蘇生を?」

「ええ、間に合って良かったです」


 そう言った青髪の男は、ワシの昼間の無礼など問題ないとばかりに優しく微笑む。


「どうしてワシを……。あんなに非礼をしたのに……」

「ああ、オレはあんなムカつくオヤジなんて心配するなよって言ったんだけどな」

「エギル、口が悪いよ」

「ホントのことじゃねえか!」


 そのとおりじゃ。

 この男にワシのことを気にかける必要など無かったはずなのに……。


「いや、僕は病や怪我をする人を区別するつもりはないよ。ただ、あの場では病や怪我の重さを事前に選別する暇が無かったから、順番に並んでもらっていたんです。仮に並んでいて病や怪我が悪化しても、それはやむを得ないと事前に納得してもらって」

「ああ、それで……」

「はい、だからこそ貴方には順番を守って欲しかったんです。幸いにも治しきれない方はいませんでしたが、やはり待っている間、ずっと苦しんでいた方もおられましたから」

 

 その説明を聞いて、ワシは自分がいかに愚かであったかを悟る。

 ちょっと金があるからと、どれほど調子に乗っていたのだと。


 いかに多くの人々を救うか。

 この男はそこまで考えていたというのに。 



 ワシはあまりの情けなさに涙が溢れてきた。

 こんな男に報復を考えていた、あのときの自分を殴ってやりたい。



「本当に申し訳ないことをしてしまった。このお礼はいかほどでも……」


 そう頭を下げて謝罪した私は、礼金をいくらふっかけられても支払うつもりでいた。 


 ワシは、それほど失礼なことをしたのだし、こうして蘇生までしてもらったのじゃ。

 それが当然だと思っておった。


 じゃが、次の瞬間、男の言葉にワシは我が耳を疑うことになる。


「お礼?ああ、僕はいりませんよ」 

「はぁっ!?でも……」

「別に無理をしてなにかした訳ではありませんしね」

「ですが……、ワシとしても何かお礼をしないわけには参りませぬ」

「そうですか……。う〜ん。それじゃ、こうしましょう。自分の生命の価値は自分で判断してもらって、その分を弱者の救済に使って下さい」

「えっ?」

「自分で判断してもらえれば、僕はそれで結構です。銅貨一枚でも金貨一枚でもそれはお任せします。それで誰かを助けてあげて下さい」


 そう言って優しく微笑む男に、ワシは白旗を上げる。

 生命の価値。

 一度死んだワシにとっては、全財産をつぎ込んでもまだ足りないと思えるのだから。


 そこまで、言われてしまっては、ワシの余生は弱者の救済に充てなくてはならぬではないか。


 じゃが、ワシはそれで良いと感じた。


 死ぬ瞬間のあの後悔。

 そんなことは二度としまいと心に誓ったのじゃった。 


 思わず呵々大笑したワシは再度、男に頭を下げると、その提案を受けることを告げる。


「助けていただいたこの生命にかけて、その提案をお受けします。それで……ワシの名は【ブンザ・キノクニヤ】と申します。貴方様のお名前をお伺いしても?」

「僕は【アルバート】と言います」

「まさか、あの愚……。いや、失礼しました」

「いえいえ、その【愚者】で結構です。義兄に逢いに来たのですが、どこかに行ってしまったようで……」


 そう言って笑うアルバート様。


 その名を聞いて、ワシは思わず身震いをする。

 【愚者】と言えば、最近はあちこちでその勇名を聞くお方だ。

 第一皇女を悪名高い【餓狼】から救い出した英雄。

 しかも、【餓狼】に掛けられていた国家予算規模の報奨金を、身寄りのない子どもたちへの救済に充てたという。

 まさに、愚かなまでに弱者に寄り添う姿に、一部の者からは尊敬の意味を込めて【愚者】と呼ばれているらしい。


 そんな男がいるとは聞いてはいた。

 ワシは、それが誇張、あるいは何らかの目的を持った者による虚言と思っておった。


 じゃがそれは誤りじゃった。

 今、この身をもって、その溢れんばかりの慈愛を受けたばかりではないか。 


 この世には物語のような聖人君子がいらっしゃるのだ。


「仰せのままに、弱者救済を成し遂げてみせましょう」


 ワシはそう断言すると、深々と頭を下げるのであった。



         ★★


 【アルバート財団】またの名を【愚者財団】は、大陸全土の、親や住む場所を失った子どもたちに救いの手を差し伸べることを目的として設立されたが、それに留まることなく広く弱者救済に尽力した。


 財団の資産を数倍にした上に、弱者救済のネットワークとも言うべき相互情報網を築いたのが、【豪商】ブンザ・キノクニヤであった。


 彼は財団の経済顧問として就任すると、己が資産やその商売網をフルに活用し、いち早く弱者の情報を入手して対応できる体制を作り上げる。

 同時に、恵まれない子どもたちへ積極的な教育を行い、その後の可能性を広げる施策も実施した。


 こうして、後の世に【愚者制度システム】と言われる礎が構築されたのであった。



 その後半生を弱者救済に費やしたブンザ・キノクニヤは語る。


 彼は愚かなほどに人々に尽くしていた。

 そこにある患者を日が暮れるまで癒し続けた上に、非礼な態度の自分をも救ってくれた。

 困窮する者を尽く助けようという、その崇高なる気構えに心を打たれた―――――と。



 こうして、ひとりの愚者が無意識のうちに行った善意が、大陸全土の弱者救済へと繋がっていったのであった。




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


なんか頑張ったら、4話分のボリュームになってしまいました(笑)

5000文字……ホントに何を考えているのでしょうね。



ちなみに柄杓星とは北斗七星の別名だったりします。


拙作で『第8回カクヨムWeb小説コンテスト』に参加しています。

果たして、締切までに10万字を超えることがで


どうすれば良いのかはよく分かりませんが、これからも精いっぱいいい作品を投稿したいと思っていますので、みなさまの応援をいただけたら幸いです。



追伸


『無自覚英雄記〜知らずに教えを受けていた師匠らは興国の英雄たちでした〜』


『紅蓮の氷雪魔術師』


こちらもエントリーしてますので、一緒に応援していただけるとありがたく思います。

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