第37話 皇女の送別
「よろしかったのですかな?このまま行かせてしまっても」
「ええ、男の方は追いかけると逃げるものだと、お母様にお聞きしましたので」
「ホッホッホ……。さすがに皇帝陛下、御自らに求婚をさせたお方は言うことが違いますな……」
じいやとそんな話をしている私は今、アルバート様が【剣聖】シュルト様と立ち話をしている姿をとある部屋の隅で眺めていた。
おそらくは裏口から出ていくのではないかと事前にシュルト様から聞いていたために、こうして裏口が見通せる部屋を準備していましたが、アルバート様のあまりにも静謐な隠密行動に、じいやがいなければ私はこうして影からお見送りすることも出来なかったことでしょう。
そう言えば、助けていただいたあのときも、私が途中で転倒さえしなければ、何事もなく逃げ切れていたはずでした。
もっとも、そのおかげでアルバート様に横抱きしてもらえたので、私はとても幸福でしたが。
思わず頬が熱くなった私の姿を見たじいやは、いつもどおりの温厚な笑みを浮かべたまま、何度も何度も頷いています。
何ですか?
その生暖かい眼差しは?
はいはい全て分かっておりますとばかりに、微笑むのはやめてくださいませんか?
そんな居心地の悪い雰囲気の中、去っていかれるアルバート様の背中を目に焼き付けます。
この次は、いつお会いできるか分かりませんが、それまでにきちんと外堀を埋めておく必要があります。
私はそれに全力を傾けようと誓うのでした。
当座は【カール・ツー・トランシトゥス=シュヴァルツシルト】伯爵の遺児である【エイル】様と交流を深めることでしょうか。
【
とても穏やかで優しいお方で、私も好意を抱きました。
同じお方に助けられたという共通点もありますし、これからもより仲良くなれることでしょう。
……もっともアルバート様は渡しませんけど。
そんなことを、ぼんやりと考えていると、部屋の扉がノックされました。
じいやがドアを開くと、そこには先ほどアルバート様を見送ったシュルト様がいらっしゃいました。
「セバス様がいらっしゃったので大丈夫だとは思っておりましたが、無事にお見送りなされましたか?」
「はい、おかげさまで」
「アイツが予想以上に静か過ぎて驚きました」
「そうですね。私など全く気づけませんでしたから、じいやがいなければどうなっていたことか」
「ホッホッホ……。いやぁ、奇才とはあのような方を言うのでしょうな。気配を察知することには自信があったのですが、あそこまで気配を消されると追いかけるのも容易ではありませんでした」
じいやがここまで褒めるのも珍しいと思いながら、私は気になったことを尋ねます。
「【エギル】様は……」
「門番の詰め所にいると言ってましたから大丈夫でしょう。アイツは変なところで律儀てすから、きちんと手続きをしてから出ていくはずです。ならば、あの少年とも合流できることでしょう」
エイル様の兄のエギル様は、自らの貴族の後継という立場を放棄して、アルバート様と共に旅をすることに決めたそうです。
そんなうらやまけしからんことを……とは思わなくもありませんが、私には私のすべきことがあります。
ここは涙を呑んで……。
非常に不本意ではありますが……。
いや。やっぱり……。
あああっ、とても……とても悩ましい問題です。
そんな葛藤は表に見せずに、私はシュルト様に話しかけます。
「本当にシュルト様はアルバート様のことをお詳しいのですね」
「まぁ、腐れ縁というヤツですからね」
「今日、出ていかれるというお話も的中してましたし……」
「ええ、アイツは褒められ慣れてないので、きっと逃げ出すだろうとは思っていました。ただ、アイツに悪気は無いんですよ。ずっと過小評価をされていたので、素直に自分の功績を認められなくなっているだけなのです。その点だけは何卒……」
「ええ、分かっておりますわ。こうなったら、功績を溜めておいて、まとめてお渡ししたいと考えましたの」
「なるほど、一撃で仕留めるわけですね」
「そのとおりです」
そうして笑い合う私たち。
「ところで、先ほどアルバート様に何かをお渡ししでいたようでしたが……」
「ええ、財布を。カッコをつけて財布ごと有り金をエギル君に渡してしまったというので……」
「まぁ、それではこちらはシュルト様がお持ちになられた方がよろしいですね」
「こちらです」
私の意を汲んで、じいやがアルバート様の財布をシュルト様にお渡しします。
「これは?」
「アルバート様がエギル様にお渡ししていたものです」
「あの少年の?」
「はい。エギル様の罪は『勇者特別措置法』に基づく補償規定により訓戒処分となりました。被害に遭われた方にも本人がキチンと謝罪して受け入れられています」
「それは良かったです」
「その賠償金の支払いを私の方でしたのですが、その後にエギル様からこれを渡されたのです。何でもアルバート様からいただいたものだとか」
「ほう、何なら黙って持っていてもいいものを」
「そうですね。私に借りは作りたくないようでしたね。その上で、アルバート様には一生をかけて恩返しをする、と……」
「アッハッハ、いやぁ、アイツもだいぶ懐かれましたね……」
「そうですね、ちよっと妬いてしまいます」
「アイツも罪な男ですね」
「そうですね」
そんな会話を交わすと、シュルト様が頃合いと見て部屋を立ち去ります。
さすがにまだ深夜ですから、そんな時間にいつまでも女性の部屋にはいられないとの配慮でしょう。
このお方も、そんな気遣いまでできるのに、どうして決まった女性がいないのか不思議なところです。
「それでは、これをありがたく頂戴致します」
「あっ、お待ち下さい」
私は、そう言って立ち去るシュルト様を慌てて呼び止めます。
「何か?」
「え、え〜とですね」
なかなか言い出せずにモジモジする私。
さすがに恥ずかしいです。
ですが……。
私はぐっと拳を握ると、勢いよく告げます。
「あの、その……、そのですね……中身だけお持ちになって、財布だけはお返ししただけませんか?」
だって、アルバート様の私物は私の宝物ですもの。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
そんなわけで第二章が終了です。
皆様の激励に突き動かされて、勢いのままやってきましたので、今後の展開を考えるために、少しだけ時間をいただきたいと思います。
そう長くお待たせすることはないと思いますが、お待ちいただければ幸いです。
その間に、他の3作品にも目を通していただけると幸いです。
『無自覚英雄記〜知らずに教えを受けていた師匠らは興国の英雄たちでした〜』
『紅蓮の氷雪魔術師』
『幸福の王子と竜の姫〜転生したら領民がヒャッハーしてました〜』
こちらもよろしくお願いします。
モチベーションに繋がりますので、★あるいはレビューでの評価をお願いします。
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