第36話 愚者の逃走

 きょろきょろきょろ……。

 もひとつおまけに、きょろきょろ、きょろ……。


 草木も眠る丑三つ時、僕は代官の屋敷に与えられた自分の部屋のドアを開けると、こっそりと廊下に出ていく。


 目指すは裏口。

 そう、今の僕はこっそりとこの街を出ようとしていたのだった。


 こうして人目を忍んで出ていくのには理由がある。   

 それは、昨日のリンフィアとの会話にあったのだ。


「ようやく、方針が決まりましたね」

「ああ、ありがとう。全ては君のおかげだよ」

「そう言ってもらえると、ここまで来た甲斐がありましたね」

「ホントに手間を掛けさせちゃったね」

「いえいえ、私はまたアル様にお会いできたので、嬉しかったですよ」

「そんなこと言われると、何か照れちゃうね」

「えへへっ、照れてくれました?」

「うん」

「ん、んんっ」


 僕が微笑むと、何故か顔を真っ赤にして照れるリンフィア。

 なんか知らんけど、可愛いなぁ。


 そんなほんわかとした感情でリンフィアを眺めていた僕に、彼女は聞き捨てならないことを告げたのだ。


「それじゃあ、あとはアル様に勲章をお渡しする日にちを調整しなければなりませんね……」

「へっ?くんしょう……?」


 燻焼?燻蒸?群青?…………勲章?


 その思いもよらない言葉に、僕の頭の中は混乱する?


「……誰に?」

「アル様に」

「なんで?」

「この地の不正を解決した功労に、です」

「えっ?えっ?えっ?」

「代官や路地裏の者たちによる街の私物化。貴族の子女を抱き込んだ上に傀儡化しようとした帝国への叛心。女性や子供たちを狙った違法な奴隷売買……これらを全て解決したのですよ」

「いや、それは全て偶然で……」

「偶然でも、これを解決できる人はいません。しかも、こんな短期間で」


 リンフィアの純真な眼差しが痛い。

 たまたま出会った人を助けただけなのに……。


「そうだ!シュルトも手伝ってくれたし。何なら全てアイツがやったことにして……」

「すごく今、悪い顔してましたよ。全部、功績を押し付けてやるって顔をしてましたからね。でも、ダメです。【剣聖】様からはすでに、一連の功績は全てアル様のものだって報告書が上がってます」

「何っ!?」


 ちくせう。

 先を越されたか……。


 だが、まだだ!

 我が家には『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』って格言があるじゃないか!


 何の試合のことかは分からないが、初代勇者様がそう言っては、幾度も窮地から逆転したとの逸話すらある。


 僕も腐っても勇者の血筋だ。

 絶対に諦めないぞ。

 

 何としてもシュルトに押し付けてやる。


「そもそも、私がアル様に助けていただいたことへのお礼もまだですし」

「それは冒険者ギルドからの依頼だし……」

「仮にも私は一国の皇女ですから、それは別枠ですよ」


 満面の笑みでそう断言するリンフィア。



 …………ダメだったよ。


 これでもかと盛り込んでくる褒章への理由に、それ以上の抵抗は無駄のようだ。

 それなら、もう仕方がない。


 逃げよう!



 そんな考えに至るのも仕方のないことだ。

 そもそも、褒章ってこれからも頑張れって意味合いが強いじゃないか。


 でもさ、僕の場合はたまたま結果が出ただけで、それをこれからもと言われても、その期待に応えられる自信がないんだ。

 変に期待感を持たせてしまい、達成出来なくてガッカリされるのが一番辛い。

 幼い頃に見た、あの失望した目と、侮辱する笑いは今となっても僕にとっては心の傷トラウマだ。


 だからこそ、逃げる!



 そう決めた僕は、リンフィアにあいまいな返事をしてその場を取り繕うと、この時を待ったのだ。

 誰もが寝静まる時を。


 そうして僕は、代官の屋敷の裏口から外に出る。


「どこに行くんだよ?」


 そんな僕の背中に、よく知った男の声がかかる。

 慌てて振り返ると、そこには天下の【剣聖】シュルトが立っていた。


「えっ、いやぁ、その……」

「そんな無駄に堪能な、隠密の技能を駆使してまでよ」

「えっ、いやぁそこまででも」

「誰も褒めちゃいねえよ。お前、【衛星サテッレス】の『至聖聖持ち』の俺だから呼び止められたが、そうじゃなければ素通りだぞ」

「何とか『至聖聖持ち』の目もくらませられないかとは思ってるんだが……」

「お前はどこを目指してるんだ?すでに隠聖ペトラ姐クラスだろうが……」

「僕の最大の目標は、ウチの長兄に見つからないように逃げることだからね」

「…………あぁ、うん。頑張れや」


 シュルトが呆れきった顔をしている。

 最初から無理だと諦めてるな?


 我が家には『あきらめたら……』(以下略)


「で、このまま行くのか?」

「見逃してくれるならね」

「殿下が悲しまれるだろうが」

「それは申し訳ないけどさ……」

「そんなに褒章が嫌か?適当にもらって、あとは知らんぷりしてればいいだろうが」

「それもひとつの方法だろうけど、自分自身だけは偽れないからさ」

「かあぁっ。どうしてそんなに真面目なんだろうね。期待したいヤツには勝手にさせときゃいいだろうがよ」

「ハハハ……」


 僕が苦笑いをしていると、シュルトがため息をつく。

 長い付き合いだ。

 僕がどうしても褒章を受けたくないことを理解してくれているのだろう。


「分かった。殿下には何とか言っておいてやるよ」

「感謝する」

「ああ、毎晩俺に祈れ」

「それは嫌だな」

「あ゛あ゛っ?」


 【剣聖】のそんな顔を見たら、世のご婦人方は絶望すると思うが?

 そんなことを思いながら、僕は図々しくひとつのお願いをする。


「ここで会ったのも何かの縁ということでさ」

「あん?」

「金を貸してくれないかな?」

「はぁぁぁぁぁ!?お前、いくらでも金を得られる機会はあっただろうが!?」

「うん、みんなに渡してたら……ね」

「どこまでお人好しなんだお前は……」


 文句を言いながら、髪をガシガシとかくシュルト。

 やがて彼は決心がついたのか、腰につけていた財布を袋ごと投げてよこす。


「ほらよっ」

「ありがとう。じゃあいくら借りて……」

「全部持ってけ」

「ええっ!?さすがにそれは……」

「いい!今回の件で、俺は殿下や宰相閣下とお近づきになれた。それの礼だ」

「えっ?」

「これはすごい力を得たようなものだ」

「でも、君ならいずれは……」

「まあな、俺は優秀だからな。だが、縁というのは大事なんだと思ったぞ。だから、俺はこの縁をありがたく思っている」

「それは良かった」

「…………お前との縁もな」


 えっ!?

 最後に何かボソッと言ってたがよく、聞き取れなかったよ。

 見れば赤い顔をしてそっぽを向いてるし。


 まぁ、いいや。

 ここはありがたく、その気持ちを受け取ることにしよう。

 ってか、さすがシュルト。

 帝都勤めだけあって、財布には結構な額が入っていたぞ。

 ちょっと豪遊出来るくらいには……やらんけど。



「助かった。じゃあ」

「ああ、またな」


 そう言ってシュルトと別れた僕は街の外に向かう。

 街から出るには正門から出るしかない。


 この時間は、交代で見張りをしている門番に事情を説明して出ていく必要がある。

 さすがにそれをしないと、街の出入り記録と齟齬が生まれてしまうので何かと問題になると聞いた。


「あの〜」

「おっ?こりゃあ英雄さんじゃねえか。こんな遅くにどこまで?」

「ええ、ちょっと色々ありまして街をてることになりまして……」

「ああ、そうかい。それにしても、英雄も大変だな」

「いやぁ」

「手続きをしちまうからちょっと待っててな」


 どうやら理由を詮索しないでくれるようだが、さすがに英雄呼びだけはやめて欲しい。  

 そうして、しばらくの時を過ごしていると、どうやら手続きが終わったようだ。


 正門の隣にある小さな出入口に案内される。


 ――――――と。


「遅えよ!いつまで待たせるんだよ!」

「へっ?」


 そこにいたのは、見知った少年。

 身綺麗にしたために艶と輝きを取り戻した金髪で、瞳の色が特徴的なエギルだった。


「エギル?」

「ほら、出発するんだろ。行くぞ」

「えっ!?君も一緒……に?」

「当たり前だろうが、こんなガキに行動を読まれるような単細胞を、ひとりで行かせられるかよ」

「なん……で……?」


 そんなことを考えていると、背後の門番さんから声がかかる。


「ハハハ、エギル……いや、エギル様は英雄殿が今日あたりここを通ると睨んで、ずっとこの詰め所で待ってたんだよ」


 そうか、なんの詮索もされなかったのはすでに読まれていたからかと、納得する反面悔しさも感じる。


「うぐぐぐ」

「へへん、悔しいだろ」

「とりあえず、早く出ないと、姫さんから追手があるかも知れねえぞ」

「マジで!?」

「当たり前だろ!どんだけ、姫さんに好かれてると思ってんだよ!」

「ええ〜、そんなぁ……」

「照れてねえで、さっさと行くぞ。おっちゃん、ありがとな!」

「おう、旅の安全を祈ってるぜ」


 こうして僕は門番さんに見送られて、エギルとともに旅立つことになったのだ。

 

 扉を抜けるとそこは見渡す限りの荒野。

 天に浮かぶ大きな月が、僕らの道を照らしている。


 それは、この戦乱の世を旅する僕らを導いてくれるかかのように。




「あっ。そういえば、ちゃんと罪は償ったのかい?」

「ああ、バッチリな。その分の借りはちゃんと返すからな」

「フフッ、せいぜい馬車馬のように働いてもらおうか……」

「児童虐待って言葉を知ってるか?」

「僕よりも生意気な口を効く者に、そんな手加減がひつようだとでも?」

「ああっ!?なら、姫さんに告げ口して来るぞ」

「…………それは許してくれ」



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


モチベーションにつながりますので、レビューあるいは★での評価をお願いします。


これで第二章終了です。


閑話を数話入れてから次章に行きたいと思います。

ちょっと話を練るために、しばらくは不定期な更新となりますのでご了承下さい。


勢いだけで書いていたら、それなりに評価をいただいてすごくありがたく思っています。

今後とも、精一杯努力して参りますので今後とも長いお付き合いをお願いします。



ちなみに、私は他にも作品を投稿していますので、ご一読いただけたら幸いです。


『無自覚英雄記〜知らずに教えを受けていた師匠らは興国の英雄たちでした〜』


『紅蓮の氷雪魔術師』


『幸福の王子と竜の姫〜転生したら領民がヒャッハーしてました〜』


どうぞよろしくお願いいたします。

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