第34話 腹心の喫驚
私の名前は【エドワード・フォン・アルコル】
かつては【カリブンクルス】の姓を冠していた男だ。
今の私は【剣王】あるいは【覇王】の二つ名を持つ【ラーズ・フォン・カリブンクルス】に仕える家臣のひとりに過ぎない。
幸いにも私は、主からは過分な評価をいただき
魔族どもに破れて国を失った王子である私は、主によって九死に一生を得たひとりでもある。
王都が落ちたあの日、私は何もできずにただただ、魔族に一方的に蹂躙される国民の姿を眺めることしか出来なかった。
国の誇る騎士団は、卑劣な内通者の手引きで全滅。
強固な城壁は、腐敗した民衆の手によって開放された。
それがどんな結果をもたらすかを予想すら出来ない暗愚なる者たちによる裏切りで、あっさりと千年王国とも呼ばれた難攻不落の王都が陥落したのであった。
何のための王族か……逃げて逃げて逃げ抜く日々の間、こんな不甲斐ない自分を何度責めたであろうか。
そんなときに現れたのが我が主―――世に名高き【剣王】であった。
彼は雲霞のごとく押し寄せる魔王軍に対して正面から戦いを挑み――――――勝利。
同時に【隠聖】によって、密かに結成されていた【剣王親衛隊】が魔王軍の後背を突く。
それはまさに怒涛の進撃であった。
こうして、我が主が魔王軍四天王【
「あっ、あああ……」
私は【剣王】のその勇姿に涙した。
そこに本来あるべき王の姿を見たのだった。
その後の私は、生き残った唯一の王族として早々にラーズ様に王座を禅譲すると、一臣下としてラーズ様の覇道に尽力することになる。
そして、一年後。
【剣王】の圧倒的な強さとカリスマ性に魅せられた人々が集い、いつしか【カリブンクルス王国】は尚武の国として驚異的な復興を果たす。
今は対魔王軍の最前線ではあるものの、こと国内においては連戦連勝。
果てには、魔王軍の侵攻前までの国力を取り戻すことに至っていた。
それはすべからくあらゆる戦いにおいて、先陣を走る【剣王】本人の武威と、その旗印のもとに集った人々の執念の賜物であった。
★★
「我が【覇王】、冒険者ギルドからの親書が届いております。どうやら、かの【餓狼】討伐の報奨金を支払うようにとの督促のようです」
私が冒険者ギルドからの督促について、伺いを立てるために執務室を訪れると、王は鍛錬の真っ最中であった。
滝のように流れる汗を、メイドたちが布で拭えばそこには堂々たる偉丈夫の姿が。
見上げるほどの体躯に、はちきれんばかりの筋肉。
真っ赤な髪は、その溢れんばかりの闘気を現すかのように激しく逆立っている。
巖のようにいかつい面持ちは、魔王軍の精鋭ですらも怯むほどの迫力。
その鋭い眼差しは、気の弱い者ならばそれだけで意識を失うほどに強烈な覇気を放っている。
それが【覇王】ラーズ・フォン・カリブンクルスであった。
「報奨金……だと?」
主は鍛錬を中断させられたことに対する苛立ちを隠そうともせずに、そう聞き返す。
ラーズ様に王位に就いていただく際に、私はひとつ約束したことがあった。
それは、細々とした事務は私が全て請け負うというものだった。
それでも、こればかりは王自らの判断を仰がねばならないと判断した私は、こうして王の勘気をこうむることを覚悟の上で、執務室という名のトレーニングルームにやってきたのだった。
「はい、先王時代に国内を騒がせていた【餓狼】に対して報奨金をかけていたのですが、最近その【餓狼】が討伐されたとのことで、その支払いを求めるものでした」
「ふむ……。【餓狼】と言えば、魔剣持ちの男のところであったか……」
盗賊団とは言え、強者の名が出たことで幾分か王の機嫌が好転する。
私は、やはりこのお方は根っからの武人だと痛感する。
「左様でございます」
「そう言えば、以前に仲間を囮にして逃げられた覚えがあるな……。して、その報奨金の額は?」
「復興を果たした我が国にとっては、さしたる額ではありませんが、全ては先王時代の弱腰な対応の結果。そこに、我々に支払いの義務は存在しません。これは、ギルドの規約にもあることです」
「ならば何故に親書などど」
「ギルドもダメもとで寄こしたのではないかと。支払われれば儲けものとでも愚行したのでは?」
「フッ、ならば支払う必要もあるまい」
「かしこまりました。それではその旨を回答することにします」
主は十分に理解しているはずなので、私はあえて言及をしなかったが、今回の支払いをしなければギルドと不仲になる可能性もあった。
だが、天上天下唯我独尊。
その覇道のみを歩む主は、ギルドを敵に回すことすら気にせずに己が意志を貫き通す崇高な人物であった。
「失礼致します」
私がそう言って王のもとを辞去しようとしたとき、耳にも心地よい妖艶なる声が部屋に響く。
「それ、倒したのはアルくんみたいよ」
そう言って部屋に入って来たのは王の伴侶でもある【隠聖】ペトラ様。
結婚はしていないが、王の恋人であり片腕でもある人物だ。
「あっ、ごめんなさいね」
悪びれもせずに部屋に入って来た彼女は、今さらドアをノックする。
いつものことなので驚きはしないが、ゆくゆくは王妃になるお方だ。
私が苦言を呈しようとすると、それを王の言葉が遮る。
「どういうことだ?」
「そのままよ。【餓狼】を殲滅したのはアルくん。頭だったレギンは魔剣ごと両断されたとか」
「まことか?」
「ええ、本人に会って聞いてきたもの」
「何だと!?」
「例の【覇王】の加護を謳っていた輩を調べていたら、アルくんがやって来て、あっという間に殲滅しちゃったの」
「そうか……。どうだった?」
「ますます腕に磨きがかかってたわね。私ではその剣筋を見きれなかったわ」
「それほどか……」
「今なら、あなたともいい勝負になるんじゃないかしら」
「フッ、フハッハッハッハ!」
一見すると強面の王ではあるが、その実は優しさに溢れ、人々の為に苦を労としない人物であることはあまり知られていない。
それはまさに【
それが、こと兄弟たちのことになれば、主の言動からはさらに深い愛情が垣間見えるようになる。
以前、私が口を滑らせて『兄バカですね』と言ってしまったところ、殊の外その言葉を気に入ったほどに。
アルくんといえば……王の次弟である【アルバート】殿のことであったような……。
確か……【愚者】という二つ名を持つお方。
そしてその方こそが、普段から王が自分よりも強いと公言してはばからないほどの人物。
王のことをよく知らない者たちは、それを王の冗談と受け止めていた。
王がそんな冗談を言うはずがあるまいに。
「【餓狼】については、帝国のお姫様を助けるために殲滅したみたいね。本人は大したことはしてないって言ってたけど」
「そうか、アヤツらしい。すると、この報奨金は……」
「本来ならアルくんの懐に入るはずだったんだけと、その全額を恵まれない子供たちの福祉のために使って欲しいって辞退したみたいよ」
「はぁぁぁぁぁ!?バッ、バカな!帝国の国家予算数年分ですぞ!」
その会話を聞いていた私は、あまりにも信じられない言葉に驚きを隠せない。
ついつい、王の言葉を遮る形になってしまった。
「でも、それはホントのことよ。何しろ、皇女様本人が福祉事業に乗り出して来ていたもの。まぁ、辞退した本人はアッケラカンとしてたけどね」
「フッ。まさに【愚者】だな……」
「ホントよ。英雄なら英雄らしくして欲しいわよね」
「フッ。だがそれもアヤツの性分よ」
話を聞いていた主はそう鼻で笑うが、その表情はとても上機嫌だ。
「エドワード」
「はっ」
「例の報奨金だが、俺の私費から出しておけ」
「よろしいのですか?国庫から出すのもやぶさかではありませんが……?」
「表舞台に出てきた義弟への餞別だ。俺が出す」
「はっ。仰せのままに」
私はその言葉に従うことにする。
「ん〜、さすがアルくんのお兄ちゃんね」
ペトラ様も上機嫌で、王に軽い口づけをする。
私がまだここにいるのですが……。
そうですか、目に入りませんか……。
「甘いと思うか?」
王がペトラ様にそう問いかけると、彼女は満面の笑みで答える。
「ええ、ベタ甘ね。さすが兄バカ」
「フッ」
王はその答えに満足したように頷く。
どうやらお邪魔らしい私は、ここから退散するとしよう。
私が執務室のドアを空けると、背後から物騒な会話が聞こえてきた。
「そう言えば、剣王の加護を騙っていた男を連れて来たけどどうする?」
「俺は気分がいい。
「あらっ、随分とお優しいのね」
どうやら、連れて来られた男はひと思いに殺してもらえるようだ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ラ○ウの登場でした。
兄弟の回は書いてて楽しいですね。
気づけば3000文字オーバーしてました(笑)
いよいよ今章も終わりが見えてきました。
ますます頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。
モチベーションに繋がりますので、★あるいはレビューでの評価をお願いします。
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