第29話 愚者の依頼
首領を蘇生すると、もう手がつけられないほどに泣き出した。
そりゃあそうだ。
このまま、うちの長兄のところに連れて行かれたら、良くて処刑、悪くて長兄との決闘だろう。
…………うん、どっちにしても死ぬな。
「頼む。何でもする!金もこの地位も、何でも差し出す。だから……だから……」
うわぁ、さっきまでの態度はどこに行ったんだよと思うほどに、みっともない態度だ。
でも、ペトラ姐さんにとっては、そんな泣き落としは効かないんだよね……。
「ふぎっ!!」
ほら、首元を針で刺されて麻痺させられたよ。
「じゃあ、アルくん。今日は楽しかったわ。あの人にもその勇姿を伝えておくわね」
「やめて。できればそっとしておいて欲しいんだけど……」
「だ〜め♡」
……そうですよね。
こうなったら逃げなくては。
いつ、長兄のところから追手が来るか分からない。
あの戦闘狂は、人の姿を見ると戦いを挑んでくるから、命がいくらあっても足りないんだよ。
「じゃあね」
ペトラ姐さんがそう言うと、どこからともなく黒い服を来た男たちが現れて首領を引きずっていく。
ペトラ姐さんの配下で、
「う〜う〜う〜!!!」
首領が何事かを叫んでいるけど、麻痺しているので伝わらない。
連れ去られる時の、その悲しそうな瞳だけがやけに心に残った。
これって何だっけか……。
たしか、初代勇者の逸話にあったような……。
そうだ、『ドーナ・ドナ』だ!
牛が売られていくときの悲しい物語。
今は亡き母に、幼い頃に聞かされた物語を思い出し、ちょっとだけ感傷的な気持ちになった。
「おい、早く残りも蘇生しろよ」
そんな事を考えていた僕に、空気を読まない【剣聖】様が仕事をさせようとする。
「そうだ、シュルト」
「あん?」
「エギルたちのことを任せても良いよね?」
「はぁ?俺がか?」
「天下の【剣聖】様が、哀れな子どもたちを見放すの?」
「…………お前、いつの間にかさらに性格が悪くなったな」
「さらにって……」
「まぁ、このことは宰相閣下にお伝えするし、残された子どもたちの保護についても任せろ」
「頼むよ」
「ああ、最近な、身寄りのない子どもたちの保護に大金を投げうった尊者がいてよ。資金はあるし、制度も強化される予定だ」
「へえ〜、世の中にはそんな素晴らしい人がいるなんてね」
「そうだよな。ホントに大聖人のようだよな」
何だかシュルトがニヤニヤしてるのが気になるが、あとは全て押し付けよう。
そう考えた僕は、さっさとこの場から立ち去るために、機械のように淡々と死者の蘇生に励むのであった。
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