第28話 悪童の仰天

 俺、エギルは怯える妹を抱きしめながらも、事の成り行きをじっと見つめていた。


 あれほど圧倒的な存在だと思っていた路地裏の首領ガドルが、赤子のように泣きじゃくっている。

 

 よく見れば、股間のあたりも濡れている。

 おいおい、俺はこんなやつに生殺与奪の権利を握られていたのかと考えると、ため息も出ない。


「そっ、そこまでだ!いいか、も、もしも俺になにかあれば、剣王が、あの国が黙っちゃいねえぞ!!」


 腰が抜けて立てないくせに、必死にそう主張するガドル。

 もう、そこには首領としての威厳はない。

 ただ権力にしがみつきたい、生き残りたいがためにむ悪あがきをする弱者の姿がそこにはあった。


「そんなことを言ってるけど、どうなの【ペトラ】姐さん?」


 そんな状況で、アルがワケの判らない発言をする。


 いったい何がと思い、アルの視線の先を振り返ると、そこには眼鏡姿の女性がいた。

 彼女はさっきまで妹の面倒を見てくれていた人物だ。

 大きな眼鏡が特徴の、どこにでもいるようなごく普通の女性。


 だが、そんな彼女が驚くべき発言をする。


「知らないわよ、こんな雑魚。それよりもバレてたのね」


 ……え?


「あんなにキレイに殺してたら、バレバレだよ」

「仕方ないじゃない。こんなに地味にしても手を出してくるバカがいるんだもん」

 

 ふたりは何を言ってるんだろう?


 すると彼女は自分の頭に手を当てると、浅葱色の髪がずり落ちる。


 かつらウイッグ


 次の瞬間、そこには黒髪長髪の美女が立っていた。


「えええええええ!!」


 それは俺だけじゃなくて、妹や一緒に囚われていた少女たちも同じ驚きの声だった。


 さっきまでの女の人はどこに行ったんだ?

 目の前の美女とはとうてい結びつかない。

 その体型も、顔つきもまったく違う人物だ。


「だって、私の肌に触れようとするんだもん。私の全てはあの人剣王のものなのにね」


 そんなことを言う女性に、アルや騎士様も苦笑いしている。


「だそうだよ?」

「ふざけんな!クソ女!誰だテメエ!」

「おいおい、剣王の嫁だぞあの人はよ」

「シュルト〜。まだ結婚はしてないのよ〜。そこらヘンはデリケートなところよ。そんなところがモテない原因よ」

「はぁ?オレは引く手あまたのモテモテだぞ」

「はいはいはい、この間も伯爵令嬢に振られたんじゃなかったっけ?『私よりも鍛錬が大事ですか』って……」

「なななななな、何故それを!!」

「ハハハッ、モテない者同士仲良くやろうよ」 

「うるせえ!テメエはいるだろうが……とんでもないお相手が……」

「はっ?」


 アルと騎士様と、突然現れた美女。

 この3人は何を言っているのだろうか?

 何度も復活させたガドルを前に、無防備過ぎないか?


「テメエ、何を言ってやがる」

「だから、うちの長兄の一番の側近が知らないってのに、お前の言い分なんて通るわけないだろ」

「なななななな、何故、何故、何故、そんなことに……」

「お前は、うちの長兄をダシにやり過ぎたんだよ」

「はぁぁぁぁ!?だいたいテメエは何モンだ!?長兄……?」

「ああ、僕かい?僕はラーズの二番目の弟さ」

「二番目の……弟?すると【愚……】」


 グシャっとした音とともに、ガドルの顔に騎士様の蹴りが入る。

 うわぁ、痛そうだ。


「テメエごときが、その言葉を口にすんな」

「自分では【愚者】【愚者】言うくせにさ、人には許さないなんて、ホントにツンデレよね」

「うるせえ!!」


 顔を赤くしてそっぽを向く騎士様と、それを見てニヤニヤしている美女。

 アルは何故か照れてるし。

 何だよこの光景は。



「まあいい、とにかく姐さんが絡んでるなら、コイツを抑えても問題ないな」


 やがて、気を取り直した騎士様がそう告げるが、それを美女が制止する。


「ダメよ。コイツはもらって行くわ」

「おい、首魁を横取りされちゃ、この件の解明が出きねえじゃねえか」

「大丈夫よ。それなら、そこに転がってる豚を蘇生すればいいだけだから」

「豚……?」


 その場の全員が美女の指す方を見ると、そこには真っ二つに両断された孤児院の院長がいた。

 何でコイツはこんなところで切られてるんだ?


「ええ、そこの豚があそこの兄妹を傀儡にして【シュヴァルツシルト】の復権を狙ったのが元凶。そこの三下は奴隷売買の関与と路地裏の不正に関与しただけだから、どこで処刑してもいいでしょ?」 


 そんな美女の言葉に、一同の目が俺たち兄妹に向けられる。


「エギルって、貴族だったの……?」

 

 アルが驚いたように俺たちを見つめるが、俺はとっさに首を振る。


「何も証明するモンなんかねえよ」


 そう告げた俺に、美女が反論する。


「あなた達のその瞳が証拠よ。すごく特殊な瞳だからね」

「はぁっ!?」

「それを知ってるからそこの豚が妹をちゃんを引き取ろうとしたんだし」

「へえ〜っ、良かったなエギル。帰れる場所があるぞ」


 告げられた事実に、俺は驚きを隠せない。


 そして、アルはまるで自分のことのように喜んでいる。

 どこまでアンタはお人好しなんだよ……。

 こんな泥棒の小僧相手にさ……。

 

 思わず涙が滲んできた俺の視界に、人の動く影が映る。

 それは、いつの間にか立ち直っていたガドルが剣を振り上げて美女に襲いかかる姿であった。


「このクソアマぁ!俺様をバカにしやがってええええ!!」

「危ない!!」


 とっさに叫ぶ俺。


 だが、その剣が振り下ろされることはなかった。

 数歩踏み出したところで、ガドルの身体が細切れになったのだ。

 大量の血をまき散らし、肉片が散乱する。


 慌てて妹の視界を塞いだ俺がよく見れば、ガドルの進路には目を凝らさなければ分からないほどに細い糸が幾重にも張り巡らされていた。


「うげっ、姐さんの鋼糸かよ……。夢に出るんだよな……」

「何よ、貴方の方が細切れにするでしょうが」


 騎士様の言葉に美女が反論しているが、どこか楽しそうだ。


「あっ、そうそう。アルくん、蘇生よろしくね」


 そしてやっぱり蘇生させられるのかよ……。


 アルがため息混じりに肩を落とすのがとても印象的だった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


本日は一挙3作品更新です。


とりあえず、大きな流れはこれでおしまい。

あとは事後処理とプロローグのみとなりました。


長かったこの章も終わりが見えてきました。


モチベーションに繋がりますので、★またはレビューでの評価をお願いします。

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