第24話 剣聖の当惑

「アイツは勿体ないんですよ。実力は誰よりもあるのに、それを表に出そうとしないから。周りはそれを分かっていないのです!だから【愚者】だと言うのです」


 リンフィア皇女殿下とキグナス宰相に、【愚者】の人となりを尋ねられた際、つい私はそう力説してしまっていた。

 その卓越した実力ばかりでなく、誰よりも優しい性格も【勇者】たるに相応しいにも関わらず、さっさと【勇者戦術ブレイブ・アルテース・ベルリー】の正当伝承者の候補を返上した男について、いろいろと話しているうちに熱くなってしまったのだ。


「あらあら」

「ほうほう」


 ふと我に返り、言い過ぎたと思って皇女殿下たちの様子を恐る恐る覗うと、満面の笑みでうなずいている。

 何故なにゆえ


「どうやら貴方は、人を見る目がお有りの様子。そこでひとつお願いを受けてもらいたいのですが……」


 …………【愚者】のせいで余計なトラブルに巻き込まれたようだ。




 皇女殿下に下命を受けたのは、国内の孤児院や身寄りの無い者を預かっている施設の監査であった。


 先日、どこぞの【愚者】が悪名高い盗賊団を討伐して、その報酬として大国の数年分の国家予算に匹敵するほどの金が動いたとか。

 どうやら財団化して、有効に金を使うことにしたようだとは聞いていた。


 今回の依頼は、その予算を振り分ける前段階として、国内の恵まれない子どもを預かる施設が正常に機能しているかを調べるものだった。


 まだ皇帝陛下の裁決は得ていないものの、ゆくゆくは私を含む一部の者は皇女殿下の直属となるとか。

 一見すれば、降格とも取れる人事であるが、仮に皇女殿下が至上の位を得るとなれば、となる。

 そして、先般の皇女殿下誘拐未遂で、皇女殿下の最大の障害とされていた第一皇子やその取り巻きたちは失脚の憂き目に遭ったとか。

 もはや、この国で皇女殿下が女帝となることを疑う者などひとりもいない現状である。


 つまり、これはものすごく出世しそうな立場になったという訳だ。

 そのため、この任務だけは決して失敗するわけにはいかなくなってしまった。

 私は、近衛から腹心の部下を引き連れて、国内を周ることになったのだった。



 そうして分かったことは、いかに国内では身寄りのない子供たちをぞんざいに扱っていたかという現実だった。

 格安の労働力と見なしているところはまだマシな方で、平気で身売りをしていた孤児院もあった。

 書類上は問題なくそこにいることになっているのに……。


 今回、私たちにはあらゆる権限が与えられている。

 それは相手が上位貴族であっても、一切配慮する必要もない程の強権だ。 

 あまりにも腐りきった奴らが多いことに憤慨した私は、こうなったら、徹底的に調べ上げて尻の毛まで抜いてやると息巻くのであった。


 それにしても……あの【愚者】はここまで見越して、皇女殿下たちにこの問題を任せたのではないかとさえ思えてくる。



 やがて私は、皇家直轄領の孤児院ですら、そんなふざけた悪事に加担していたのだと知る。


【トランシトゥス】の街。

 かつては、領主貴族の【カール・ツー・トランシトゥス=シュヴァルツシルト】子爵が治めていた地。


 確か、子爵が没した後は、後継者不在ということで皇家の直轄領となっていたはずだ。

 そんな街で、帝都から派遣された代官が堂々と不正を行っており、孤児院ばかりではなく、様々な補助金を着服していたことが判明したのだ。

 さらなる調査が必要と判断した私は、街で一泊の宿を取ることにした。

 

 もはや、この街の役人は信じられない。

 奴らに充てがわれた宿など、何をされるか分からないからな。


 街の中でも比較的小綺麗な宿屋に入ると、何故か中では女将やその娘たちが号泣していた。

 何があった?


 不審に思った私が、身分を明かした上で、その理由を尋ねてみると奇跡が起きたとか……。

 瞳を抉られた娘の目がもとに戻っていたとか、全身打撲で死にかけていた少年が完治していたとか。


「……たぶん、アルのおかげだ」


 ふと漏らした少年の言葉が私の耳に届く。

 アル?

 まさか【愚者】か?

 アイツがここにいるのか?


 血相を変えて詰め寄った私に、エギルという名の少年は面食らったようだが、落ち着くと事の経緯を説明してくれた。


 少年から聞いた容貌や名前から、【愚者】に間違いないようだ。

 どうやら、またアイツは何か仕出かしたらしい。

 私はエギル少年に道案内を頼むと、部下たちとともに路地裏吹き溜まりと呼ばれるスラム街に向かう。

 

 【愚者】がまた何かとんでもないことをやっているはずだとの確信を持った私は、知らず知らずのうちに頬が緩んでいた。


 おい、【愚者】。

 今度は何をやっているんだ。 

 楽しいことならひとつ噛ませろよ。


 昔からアイツは、何かしらトラブルを見つけて来ては、圧倒的な実力でそれを解決していた。

 それが痛快で、何度も憧れたものだった。


 幼い頃に憧れた英雄ヒーロー

 それが私にとっては【アルバート】という男だった。


 そんな男が今、表舞台に立とうとしている。

 これほど喜ばしいことがあろうか。



 …………そんなふうに考えていた時期が私にもありました。


 ようやくたどり着いた場所には、見渡す限り一面にスラムの住人たちの躯が転がっていた。

 そして、そこに佇んでいるのは紛れもなく【愚者】  


 コイツ、すべて切り捨てやがった……。

 どうすんだよ、これから不正を暴くのに重要な奴らをこんなにしやがって……。

 普通は何人か生かしておかないか?

 こんなに実力差があるんだぞ?

 何で全力なの?

 

 どうせ、これの始末は俺がやるんだろ? 


「アルバートさまを煩わせることのないように」


 皇女殿下も宰相閣下も絶対にそう言うよな。

 この後のことを考えると涙が出そうになる。


「よし、蘇生しろ」


 とりあえず、皇女殿下たちには内緒で使い倒してやる。

 面白くなさそうに不満の声を上げる【愚者】の訴えは無視。


 うん、コイツはやっぱり【愚者】で間違いないな。

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